「珍右翼が巣くう会」に突っ込む(2022年6/9日分:荒木和博の巻)(副題:横溝作品の一部ネタバラシがあります)

私たちにも時間はない【調査会NEWS3614】(R4.6.9): 荒木和博BLOG
 「時間はない」と舌先三寸で言うなら誰でもできます。問題はそうした思いをどう「成果につなげるか」でしょう。
 勿論、そもそも荒木ら救う会界隈にはそんな深刻な思いは何もないでしょうが。


労働新聞5月29日付「朝鮮労働党中央委員会政治局協議会開催」: 荒木和博BLOG

 金正恩かもしれない人物

 何の根拠もないのに

横溝正史『真珠郎*1』『悪魔が来りて笛を吹く』、『犬神家の一族』、『病院坂の首縊りの家』の影武者設定(二人一役設定)
 前から思ってることですが横溝て「影武者設定(二人一役設定)」が本当に好きですよね。
 逆の『一人二役設定』も、『悪魔の手毬唄』、『女怪』など、いろいろありますが。
◆黒澤映画『影武者』の影武者設定(二人一役設定)

のような「影武者(二人一役)だ」とでも言う気のようです。呆れて二の句が継げません。まあ、百歩譲って「影武者だとして何なの?」ですね。「荒木らの建前」である「拉致の解決」と何の関係もない。

 会議ばかりやっても何もできないんだとは思いますが、「やってます感」が必要なのかも。

 「やってます感」が必要なのは、手前ら救う会界隈の方だろ、しおかぜ放送とか「救う会特定失踪者問題調査会の記者会見」とかに何の意味があるんだ?、拉致解決につながってるのか?(どう見てもつながってない)、ですね。
 そもそも、こんな「北朝鮮への悪口」に何の意味があるのか?。「荒木らの建前」である「拉致の解決」と何の関係もない。
 しかしこういう「北朝鮮非難でない北朝鮮関係記事」を書くと、例のid:kojitaken

天皇制と共産党と山本太郎と - kojitakenの日記
 この人(ボーガス注:俺のこと)がもともと、北朝鮮を擁護したり

と評価されるんでしょうか?。「誰がいつ北朝鮮を擁護したんだよ、デマもいい加減にしろ、kojitaken、手前ふざけんな。擁護したというなら根拠出してみろよ!」といわざるを得ません。この文章だって「拉致解決につながらないアホ行為(北朝鮮への悪口雑言)はやめろ。拉致解決につながるまともな行為をしろ。お前ら救う会は、ただのアンチ北朝鮮か!」という意味であって「北朝鮮のようなすばらしい国に悪口するな!」という意味ではないのですが「kojitakenには北朝鮮擁護に見える」のかもしれない。


救出運動 広げるか強めるか(R4.6.9): 荒木和博BLOG

 救出運動に限りませんが、社会運動で広げることを優先するか、強めることを優先するかは難しい選択です。

 6分24秒の動画です。タイトルと説明文だけで見る気が失せます。実際、見る価値はありません(一応見ましたが)。

 「広げる」と「強める」が対義語だとでも思ってるのか?
 「広げる」の対義語は「狭める」、「強める」の対義は「弱める」だろ?。何を訳の分からないことを言ってるんだ?

ですね。
 とはいえ、動画を見る前から「何となく予想はつきます」。以下のようなことは俺以外の方も想像がついたのではないか。
 つまりは

◆組織のマンパワーや予算が少ない(そして当面、それらの大幅な拡大が残念ながら見込めない)中、「あえて、個々の人間への働きかける力が弱くなることを覚悟した上で、大量の人間への働きかけをする(荒木の言う『広げる』)」か「それなりのインパクト、中身のある内容で働きかけるためにあえて少数の人間への働きかけで我慢する(荒木の言う『強める』)」か
◆例えば、政治的広報をする際に「5分程度の動画や数ページのパンフ」をつくって大量に広報するか(荒木の言う『広げる』)、あえて「1時間程度の動画や数10ページの冊子」をつくって少数対象でもしっかり広報するか(荒木の言う『強める』)

つうことが言いたいのだろうなと(まあ、実際、動画の内容はそうなのですが)。
 「何だかなあ」ですね。
 確かに、一般論としてはそうでしょう。荒木の所属した「旧民社党(党勢が衰退し、結局、民主党の一部となって消滅)」も「その悩みはあった」でしょう。
 自民党のような巨大「万年与党」ならともかく、野党各党、特に「共産」「社民」「れいわ」などのようなミニ政党もそういう悩みはあるでしょう(共産支持者としてこういうシビアな話はあまりしたくはないですが)。「政党助成金が大量にもらえる自民」と違って大抵の運動は自腹です。「支持者の献金」「広報物(共産党だと機関紙『赤旗』、機関誌『前衛』など)の販売」とかそういうもので活動資金を稼がざるをえない。「金に糸目をつけずにバンバン広報が打てる」なんてことはない。
 何もこれは「社会運動」に限らない。商売だってそうです。
 荒木の言葉「広げる」「狭める」で言えば

【1】会社が提供する商品やサービス、あるいは会社自体の知名度広げるために全国紙(朝日、読売)、キー局(日テレ、TBS)など全国規模の広報媒体で広報を打つ(ただし金が少ないので、TBS『東芝日曜劇場*2』『日立 世界・ふしぎ発見!*3』のような一社提供番組だの、毎日CMを大量にうつ、新聞に1面広告などではなく、せいぜい、週1回で30秒程度CMや新聞に小さな広告)のか、
【2】確実に客を確保するため、客の対象範囲は狭まるが、会社所在地のローカル新聞、ローカル局(例えば俺の住む埼玉なら埼玉新聞テレビ埼玉)や商品に明らかに興味を持つであろう人間が読む、見ると思われるメディア(例えば、健康食品なら健康雑誌、旅館なら旅行雑誌など)に1面広告、1社提供番組などそれなりの広告をやるのか

つう話でしょう。
 しかし、そんなことを「組織内部での話し合い」で「具体的な組織の広報の方向性を決めるため」にやるならともかく「俺のような部外者も見る、不特定多数が対象の動画」で「抽象的な話」をやって何の意味があるのか。事実上「ただのぼやき」でしかない。
 そもそもそんなことは「ケースバイケース」です。「常にこうすればいい」なんて答えはないでしょう。
 大体拉致問題つうのは「解決方法は日朝外交交渉しかない」つう意味で普通の社会問題とは違います。
 「国民への働きかけをどうするか」なんてことでどうにかなる話ではない。
 それにしてもこんなことを言い出すなんて「荒木らの運動が活動資金やマンパワーに詰まってる」と自白してるのも同然でしょう(まあ、荒木らがそう言わなくても、拉致の風化でそうであろうことは察しはつきますが)。
 「そんな運動なら参加しても意味ねえんじゃね?」と思われないか?、つう恐怖感は荒木には何故かないようです(まあ、荒木らの運動が発展の見込みがあろうとあんな「拉致解決に資するとは思えない極右運動」には俺なら参加しませんが)。
 何故か「そんなに活動資金やマンパワーに詰まってる中、頑張っているなんて、荒木さんたちに感動した!」と同情してもらえると思ってるらしい。随分と「おめでたい性格」をしています。
 さて動画で荒木が「この間、立憲民主党森ゆうこ*4議員がしおかぜ放送に出演したら、何故森など出すのかと我々が一部の支援者に文句を言われた。しかし森議員の何が悪いのか。希望の党のような排除の論理』は辞めるべきだ。小異にこだわれば、どんどん支持者が減っていく」といいだしたのには吹き出しました。
 まず【1】森に悪口した人間がいた、というのに吹き出した。
 「与党の自公とだけ付き合えばいい」つう悪口でしょうか?。それとも「共産、社民どころか、立民すら敵視する自民万歳の極右」か。「そんなことを言うバカがいるのか」と唖然です。
 次に【2】排除の論理』は辞めるべきだて「蓮池透氏を家族会から追放した連中の一人・荒木」が良くもこんなことが言えたもんです。
 勿論、これ(できる限り支持者を広げるために政策に幅は持たせるべきだが、たとえ支持者が狭まっても政党として一定のカラーは出さざる*5を得ない)も荒木の言う「広げる」と「強める」の一例ではあります(森への因縁はそんな高尚な話ではなく、因縁つけること自体が馬鹿げていますが)。
 例えば共産を例に取れば支持を「広げる」ためには「最終目標は安保廃棄だが、当面は地位協定の改定や沖縄基地の移転など保守層でも賛同者がいる主張」を打ち出すと言うことはあり得る。
 ただし「日米安保支持か廃止か」そこを曖昧にするとか、「今まで廃止としていたのをいきなり堅持としてしまう(自社さ村山内閣の社会党)」というのでは論外でしょう。それはかえって不信を招いて「広げる」ことにもつながらない。荒木風に言えば強める一方で広げる事が大事なわけです。
 マンパワーや資金の制限の話と違って、こういう意味合いでの強める広げるならば少なくとも理屈の上では「二律背反関係ではない」し、この場合「強めることをないがしろにしたら野合でしかなく広げることには一定の限界がある」話ですが。

*1:これだけは原作は金田一作品ではないのだが、金田一物として何度かドラマ化されています(真珠郎 - Wikipedia参照)。

*2:放送開始の1956年12月から2002年9月までは東芝冠番組だった(日曜劇場 - Wikipedia参照)

*3:1986年4月19日からTBS系列で毎週土曜日21:00 - 21:54に放送されている、世界各国をテーマにした教養クイズ番組。日立グループの単独スポンサー番組で、1997年9月以前は日立製作所の一社提供番組だが、1997年10月以後は「日立グループ」各社の提供である(日立 世界・ふしぎ発見! - Wikipedia参照)。

*4:野田内閣文科副大臣、「国民の生活が第一」幹事長代行、日本未来の党副代表、生活の党代表代行、自由党幹事長などを経て、現在、立憲民主党拉致対策本部長、参院幹事長。小沢一郎氏が党首を務めた「国民の生活が第一」、生活の党、自由党に参加したため小沢氏に近いと見なされている(森裕子 - Wikipedia参照)。

*5:ただこういうことを「支持者が狭まっても政党カラーを強める」とは普通言わないとは思います。政党が一定の方向性を出さざるをえないのは当たり前だからです。