寺越友枝さんの逝去によせて~「封印された拉致」と母の苦悩 - 高世仁のジャーナルな日々
「以前から、この件では何度も高世を批判しています」が、タイトルだけで呆れます。寺越母子が拉致を否定している以上「それで終わる話」です。拉致だと騒ぎ立てても「横田めぐみ氏など、政府認定拉致被害者が救出できる」「寺越母の訪朝回数が増えるなど、寺越母子に何らかのメリットがある」などのメリットは何もない。
そもそもこの件「拉致の疑いが否定できない」とはいえ、「海難事故で失踪した寺越氏を救出→しかし諸事情から北朝鮮に留め置き、帰国させず、長い間、日本の親族に連絡も取らなかった(まあ「事情がどうあれ帰国させなかったこと」も「広い意味では拉致」でしょうが高世や救う会の言う拉致はそういう話では勿論ありません)」という「寺越氏の言うとおりの話」の可能性もあり当然に「拉致扱いできる話」ではない。
1997年4月、荒木和博さん*1が5月初め発売の『正論』6月号に「封印された拉致事件」と題する記事を載せ、私たちは5月10日、テレビ朝日「ザ・スクープ*2」で「清丸事件」を北朝鮮による拉致事件の一つとして放送した。
未だに高世にとってこの件は「安明進取材」とともに「高世の誇り」なのでしょう。世間は明らかにそんな好意的評価をしていませんし、高世のジンネットも倒産しましたが(巣食う会とか家族会系の連中とかかわった北朝鮮関係の言論人は、その後ろくな状況でないと思う(関川夏央や高世仁、恵谷治、李英和ほか) - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)参照)。
なお、この「荒木と同時期の発表」は恐らく偶然ではなく、これまた、
けっきょく「横田めぐみ拉致問題における安明進証言」などというものにのっかったのが、高世仁が会社をこかした淵源(の少なくとも1つ)ではないか - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)2021.5.25
高世仁の幼稚なデマ自慢を平然と垂れ流すNHKの馬鹿さとクズぶりに本気であきれ返る - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)2022.1.11
が批判する「安明進取材」と同様の「救う会との連係プレー(ジャーナリストにあるまじき政治工作、政治謀略)」であり、まさにこれじゃあ「ジャーナリスト」でなくて「反北朝鮮活動家」だ - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)でしょう。
ウクライナ戦争:勝利と平和のあいだで5 - 高世仁のジャーナルな日々
マックスはあくまで抵抗を続けるつもりだが、ウクライナが現在不利な状況にあることを認めている。また、兵役を逃れようとする人が増えていることにも理解を示す。
「前線には武器弾薬がありません。誰だってそんな戦場に送られたくはないでしょう」。
武器弾薬があろうと「多くの人間は戦場には行きたくない(特にウクライナ戦争が膠着状態に突入してからは)」でしょうからこうした物言いはいかがな物か。
欧米の軍事支援は、はじめから腰の引けたものだった。欧米はウクライナに「核戦争にならぬよう、ロシアを過度に刺激するな」とロシア本土への攻撃を禁じた。そのため、長距離ミサイルや新鋭の戦闘機を供与してこなかった。アメリカがF16戦闘機の供与を公表したのはようやく昨年夏で、オランダ、ノルウェー、ベルギー、デンマークから中古のF16が送られることになったのだが、まだウクライナの実戦には投入されていない。
プーチンの核の脅しが効いている。
「核兵器の脅し」がなければ、「軍事大国」ロシアと全面戦争を恐れなかったかと言えば「恐らく違う(NATO諸国は国民の反発を恐れて自国民を戦場に兵士として送れなかった)」でしょうから、こうした物言いはいかがな物か。
「タリバン相手にすらアフガンから撤退した米国」「米国と違い、現在、自国民を兵士として戦場に投入してない国々(英仏独伊などはそうではないか?)」が「ロシア相手に全面戦争する」わけもない。
ウクライナ戦争:勝利と平和のあいだで4 - 高世仁のジャーナルな日々
拙記事珍右翼・高世仁に悪口する(2024年2/26日分) - bogus-simotukareのブログで取り上げた高世記事ウクライナ戦争:勝利と平和のあいだで3 - 高世仁のジャーナルな日々の続きです。
テレビ取材に応じたウクライナ女性、ユリーヤ・ナウメンコさんは侵攻後に兄のいる日本に避難してきた。「私たちが経験してきたこと*3を、プーチンや(前線の兵士ではない、後方にいる)ロシア人にも感じてほしい」という。
「(前線の兵士ではない、後方にいる)ロシア人にも同じ目*4にあわせたい」、「この苦しみ*5を(前線の兵士ではない、後方にいる)ロシア人にも味わってもらいたい」
こうした表現をウクライナ人から何度も聞いた。
気持ちは分かりますが、感情論が酷すぎて「どんびき」ですね。身内しかいない場所ならまだしも、「マスコミなど第三者相手」には「節度を持ったロシア批判」をして欲しい。
TBSの「報道特集」では、旧知のジャーナリスト、新田義貴さんのウクライナ・リポートをやっていた。
首都キーウでは昨年来、兵士の妻たちが「兵役の期限を決めて交代させよ」と定期的にデモを行っている。これもよくウクライナの「厭戦気分」を象徴するものとして取り上げられるのだが、実は彼女らは政府に「戦争をやめよ」と要求しているわけではない。
そりゃ建前では「兵士の交代要求」は「停戦、終戦要求」ではないでしょうが、実質的にも「停戦要求ではない」と果たして言えるのかどうか。
兵士不足であるが故に「終戦、停戦」以外に恐らくウクライナ政府は「兵士を交代させよ」の要求に応じる手はないでしょう。
「拉致被害者家族会に怯えて日朝交渉論がほとんど論じられない日本」同様に「ウクライナ国内の徹底抗戦論が強い」がゆえに「終戦、停戦」を表向きでは言えないが故の「交代要求(事実上の停戦・終戦要求)」かもしれない。
そしてこうした交代要求からは、ウクライナにおいてもロシアと同様に「弱者につけが回されてる」といえるでしょう(ネパール人がロシア兵としてウクライナで戦死するなんて世も末の極致だが、無茶な戦争というのはそういうものなのだろう - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)参照)。