教皇?法王? ブレた表記、フランシスコ氏来日契機に教会側希望の「教皇」へ - 産経ニュース
日本は昭和17年にバチカンと国交を樹立したが、その際の大使館表記に使われたのが「ローマ法王庁」だったことから、トップの呼称は「法王」と表記されることが多かった。
他方、日本国内の宗教法人であるカトリック中央協議会などは呼称として、世界各国で使われる言葉に合わせ「教皇」を正式呼称とする立場を示してきた。
日本で長く「法王」と表記していたのは、教皇という言葉に含まれる「皇」という文字が皇室のみに認められているためとする説もある。潮目が変わったのが、令和元年11月のフランシスコ氏来日だった。
昭和56年のヨハネ・パウロ2世以来、38年ぶりとなるトップの来日を前に、外務省はそれまで「法王」としてきた呼称を「教皇」に変更すると発表。以後、各報道機関も教皇表記に切り替えている。
昔は「法王」の方が一般的でしたが、上の記事が指摘するように最近はむしろ「教皇」の方が一般的です。
<産経抄>ローマ教皇フランシスコ逝く - 産経ニュース
事績には疑問符の付くものもある。6年前に訪れた長崎と広島での訴えは、安全保障環境を解しない核抑止力の否定に及んだ。カトリック教徒を弾圧してきた中国共産党政権への接近も「悪魔との取引」と批判を浴びた。
「日本核武装」「反中国」の右翼「産経」らしい(勿論褒めてない)。
「ジェンダーイデオロギーは植民地化」 死去のフランシスコ教皇、途上国支援で拡散と批判 - 産経ニュース
2023年のハンガリー訪問の際には「ジェンダーイデオロギーのように性差を否定したり、中絶の権利を進歩だと誇示したりする概念を押し付けるのは、『イデオロギー的植民地化』がたどる有害な道だ」と非難した。
教皇は昨年9月、ベルギーのルーバン・カトリック大学で講演した際に、女性の崇高さを強調した上で、「(前略)女性が男性になりたがるのは悪いことだ」と述べた。
産経以外にこうした報道を見ないのですが事実であるならば「おいおい(呆)*1」ですね(事実であるならば、ですが)。
性差否定なんて誰もしていない。「男女平等」「男女格差の是正」等は「性差否定」ではない。
「女性が男性になりたがる」というのはどういう意味なのか。
「女性の社会進出」のことか?。いわゆる「トランス男性」のことか?。いずれにしても別に「悪いこと」ではない。
勿論、これが事実として「本心か、女性登用などの改革に反発するカトリック内部の保守派をなだめるためのポジショントークか」はともかく「そんな残念な人だったのか?」と「教皇のトンデモ発言」に呆れはします。
ローマ教皇「女性が男性になりたがるのは悪いこと」 性差を尊重「救済の歴史の中心」 - 産経ニュース2024.9.30
大学は「この立場に同意することはできない。私たちは女性差別と闘っており、女性が社会や教会で別の役割を担うことを望んでいる」との声明を出した。
という「教皇批判」にも共感しますが、とはいえ、そのことで「教皇の核廃絶発言」等のプラス面は否定されないし、ましてやカトリックという宗教教団の価値が否定されるわけでもない。
フランシスコ教皇死去 ローマ教皇庁 2019年訪日 核廃絶訴え | NHK | 訃報
教皇は貧困や気候変動などの問題に取り組み、各地で続く紛争の平和的な解決を求めたほか、日本の被爆地を訪れて核兵器の廃絶も訴えました。
在任中、世界的に貧富の差が拡大しているとして格差の解消を訴え、貧しい人々の救済にあたったほか、難民や移民の保護や気候変動への対応を呼びかけるなど、地球規模の課題解決に向けて積極的に発信してきました。
2019年には、ローマ教皇としては(ボーガス注:1981年のヨハネ・パウロ2世の訪日から)38年ぶりに日本を訪れ、被爆地の広島や長崎でスピーチを行い、広島では「核兵器は使うことも持つことも倫理に反する」と述べ、核兵器の廃絶を強く訴えました。
2022年2月に始まったロシアによるウクライナへの軍事侵攻については、繰り返し平和的な解決の必要性を呼びかけたほか、2023年10月にイスラエルとイスラム組織ハマスとの戦闘が始まってからは、一刻も早い停戦とガザ地区での人道状況の改善を求めてきました。
(中略)
聖職者としてほとんどの期間を故郷のアルゼンチンで過ごし、貧しい地区での活動に力を入れ、ブエノスアイレスのスラム街で人身売買の被害者や低賃金の労働者を支援し、地元のマフィアから脅迫を受けることもあったといいます。
カトリック教会の改革を進めたことでも知られ、バチカンの財政をめぐる不祥事や聖職者による性的虐待の問題などに取り組んできました。また、移民や難民の問題や気候変動、AI=人工知能など地球規模の課題について積極的に発信してきました。
このうち核兵器をめぐっては2017年、バチカンは国家としていち早く核兵器禁止条約を批准しました。フラシスコ教皇は、核兵器の使用に加えて、開発も保有も一切禁止すべきだという歴代の教皇よりも踏み込んだ姿勢を打ち出し、2019年にはローマ教皇として(ボーガス注:1981年のヨハネ・パウロ2世の訪日から)38年ぶりに日本を訪れ、被爆地の長崎と広島で核兵器の廃絶を強く訴えました。
紛争の平和的な解決を訴えてきたことでも知られ、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻や、パレスチナのガザ地区でのイスラエルとイスラム組織ハマスとの戦闘などで、繰り返し停戦と人道状況の改善を呼びかけてきました。
一方で、議論を呼ぶ決断もしていて、2018年にはバチカンが、これまで外交関係のなかった中国との間で中国国内のカトリック教会の司教の任命方法をめぐり暫定合意し、関係改善を進めました。この際には、宗教への介入を強める中国政府に譲歩した結果だとして批判の声も上がっています。
(社説)ローマ教皇死去 分断に橋を架け続けた:朝日新聞
特筆すべきは「核なき世界」への取り組みだ。2017年にバチカンはいち早く核兵器禁止条約に批准。被爆直後の長崎で撮影された「焼き場に立つ少年」の写真をカードに印刷して教皇が配った逸話は、教会と日本の距離を縮めた。
2019年には長崎・広島を訪れ、「核兵器は使うことも持つことも倫理に反する」と強い言葉で廃絶を訴えた。
司祭による同性カップルへの「祝福」を容認するなど教会の改革にも乗り出したが、アイデンティティーや価値観が多様化した現代、信者の獲得には避けられない道だとする判断もあっただろう。
一方、同性婚を公式に認めるには至らないなど、保守派の岩盤に阻まれ、改革は道半ばだったともいえる。
ローマ教皇フランシスコが死去、88歳 - 日本経済新聞
就任後は聖職者による児童への性的虐待や宗教事業協会(バチカン銀行)での資金洗浄疑惑といった難題に取り組んだ。バチカン運営では外部専門家でつくる改革委員会を設置するなど改革を推し進めた。
司祭が同性カップルに祝福を与えることを認めるなど、過去の教皇よりリベラルな対応で知られた。
外交面では2019年の訪日時に被爆地の広島、長崎から世界に核兵器廃絶を訴えた。米国とキューバの歴史的な国交回復を仲介した。国交がなく、独自の司教を任命したことで対立してきた中国とは2018年に任命権を巡る暫定合意を結んだ。
人工知能(AI)の軍事利用への規制も提唱した。2024年6月にイタリアで開いた主要7カ国(G7)サミットには教皇として初めて参加し、国際的なAI規制の議論をリードする姿勢をみせていた。
女性登用を進めた「改革者」 フランシスコ教皇の功績と残された課題 [フランシスコ教皇死去][ローマ教皇]:朝日新聞
フランシスコ教皇は1月、世界の修道会を管轄するバチカンの「省」のトップに初めて女性を任命した。一昨年の世界代表司教会議(シノドス)では、教義に関する提言や決議を承認する投票権を女性にも認めた。2千年の伝統を守るローマ・カトリック教会で、女性登用の扉を開いた教皇の功績は大きい。
しかし、司祭の下の職位にあたる助祭への女性の就任は実現しなかった。
ローマ教皇フランシスコ死去…同性婚・人工妊娠中絶に比較的寛容な姿勢、「開かれた教会」目指す : 読売新聞
マフィアの資金洗浄疑惑が指摘されたバチカンの金融機関に調査のメスを入れ、聖職者による児童への性的虐待問題でも外部有識者を含めた委員会を作った。教会がタブーとする同性婚や人工妊娠中絶、離婚などの社会問題では、比較的寛容な姿勢を見せ、「開かれた教会」を目指した。
在位12年間に約60か国・地域を訪問。米国とキューバの国交正常化交渉の開始に向けた動きを仲介したほか、イスラエルとパレスチナ自治区の指導者をバチカンに招き、中東和平問題にも関わった。ロシアによるウクライナ侵略でも仲介を模索した。2019年には教皇として(ボーガス注:1981年のヨハネ・パウロ2世の訪日から)38年ぶりに来日し、被爆地の広島、長崎で核兵器の廃絶を訴えた。
ローマ教皇死去 カトリック史上初の南米出身 核廃絶に注力訴え | 毎日新聞
1981年のヨハネ・パウロ2世以来38年ぶりに来日し、被爆地・長崎と広島を訪れて、核廃絶に向けたメッセージを世界に発信した。
就任以来、教会を「野戦病院」と位置づけ、戦争被害者や難民に救いの手を差し伸べる「貧者の教会」路線を前面に打ち出した。生命や家族の価値観を巡っては教義の押しつけを戒め、同性愛者や離婚した信徒の苦悩に理解を示し、教義の厳格適用を求める一部の保守派聖職者らの反発を招いた。
対外的には米国とキューバの関係改善を仲介し、2015年7月の国交回復に道を開いた。
2015年6月には、気候変動や生態系の破壊が「深刻な結果を招きかねない」と警鐘を鳴らす信者向けの公式文書「回勅」を発表。同年12月の気候変動対策の国際枠組み「パリ協定」の採択を後押しした。
バチカンが1951年以来、断交していた中国との関係改善にも努めた。中国政府の公認教会と地下教会が分裂状態にあった中国のカトリック教会の統一を目指し18年9月、中国政府との間で司教の任命方法で歴史的な和解を果たした。
飾らない人柄で一般信徒からは絶大な人気を博したが、聖職者には厳しい態度で臨んだ。宗教事業協会(バチカン銀行)の資金洗浄(マネーロンダリング)疑惑や、聖職者による児童への性的虐待などベネディクト16世時代にスキャンダルが表面化したバチカンの改革を断行した。
ローマ教皇と気候外交 パリ協定の合意後押しした「ラウダート・シ」 | 毎日新聞
21日に88歳で死去したフランシスコ・ローマ教皇は、地球規模の気候変動を人間の精神の問題と位置づけ、人道的な視点から温室効果ガスの排出削減に向けた取り組みの加速を訴えた。2015年に発表した回勅「ラウダート・シ」は、キリスト教カトリック教会史上初めて地球環境に特化した公的文書として、温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」の合意を後押しした。
【動画】ローマ教皇フランシスコ死去、88歳 初の中南米出身でバチカン外交推進 19年日本訪問 - 産経ニュース
2015年には、米国とキューバの約半世紀ぶりの国交正常化で「立役者」となった。当時のオバマ米大統領とキューバのラウル・カストロ国家評議会議長との橋渡し役を担った。他宗教との対話にも熱心で、2019年には歴代教皇で初めてイスラム教発祥の地であるアラビア半島を訪れた。
アジア外交を重視し、韓国やフィリピン、モンゴルなど10カ国以上を訪問した。特に、1951年にバチカンが断交した中国の共産党政権との和解に強い思い入れを見せた。バチカンと台湾との外交関係を維持しながら、2018年には中国と司教任命権をめぐる暫定合意締結に踏み切った。
2019年の訪日は、教皇として38年ぶりだった。長崎に続いて、広島の平和記念公園を訪れ、核兵器を批判する演説を行った。核兵器の使用だけでなく、保有についても「倫理に反している」と踏み込んだ。
一方で在任中、カトリック聖職者による児童虐待疑惑が各国で広がりを見せ、試練に立たされた。「教皇庁は事件を把握しながら、十分に対応しなかった」という批判を受けた。
評伝・ローマ教皇フランシスコ アジアで人道外交 中国共産党との「和解」で是非論も - 産経ニュース
21日に死去したローマ教皇フランシスコは、アジアでの和平外交を推進した。特に中国とバチカンの関係改善に強い意欲を示し、2018年には司教任命権をめぐり、歴史的な暫定合意を締結した。
教皇はアジア外交を通じて、国境を越えた「人道主義」を強く打ち出した。即位翌年の2014年、韓国を訪れて「平和のためのミサ」を行い、朝鮮半島の和解を促した。2017年にはミャンマーに続いて、バングラデシュを訪問。同国に逃れたイスラム教徒少数民族ロヒンギャの難民と面会し、ミャンマーによる迫害に警鐘を鳴らした。
2019年の訪日時、広島から発信したメッセージでは「戦争のための原子力使用は犯罪だ」と訴えた。核兵器は使用にとどまらず、保有についても「倫理に反する」と踏み込み、米欧キリスト教圏の核保有国に波紋を広げた。
アジア外交は、おひざ元の西欧でキリスト教徒人口が減少する中、新たな地平を開こうとするものだったが、教皇がイエズス会出身だったことが大きいとみられている。アジア布教の歴史を持つ修道会で、16世紀に日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルで知られる。
教皇が共産主義政権に拒否感を抱かなかったのは、中南米出身だったことと無縁ではなかった。1970年代、右派独裁のアルゼンチンで左翼活動家と共闘する聖職者たちを間近に見てきた。彼らに与することはなかったが、無神論を掲げる共産主義を「悪魔」と忌避した西欧出身の歴代教皇とは違った。教皇は司教任命権をめぐって、ベトナムとも和解を進めた。
暫定合意では、中国がバチカンの「お墨付き」を盾に、信者に絶対服従を迫るという懸念がつきまとった。香港では「バチカンの裏切り」だとして、公然と反対する聖職者も出た。それでも、教皇は「中国に行く用意はいつもできている」と述べ、対中接近への意欲を変えなかった。
死去のローマ教皇「恥じねば」未成年への性的虐待根絶に尽力 聖職者による犯行各地で発覚 - 産経ニュース
88歳で死去したローマ教皇フランシスコはカトリック聖職者による未成年者への性的虐待の根絶に力を入れたことでも知られる。欧米諸国では近年、聖職者の性的虐待と隠蔽工作の発覚が相次いでおり、教皇は2021年6月、カトリックの規範となる教会法典を改正し、聖職者らによる未成年への性的虐待や児童ポルノの所持などを処罰の対象と明記した。過去数十年間で最大の改革とされる。
「温暖化問題」「核兵器廃絶」「米国、キューバ国交正常化」「カトリックの不祥事(バチカン銀行のマネロン疑惑、聖職者の性虐待疑惑)への対応」等、教皇の何にスポットを当てるかで、報道の仕方が変わる「面白い例」かと思います。それは教皇が在任中、様々なことに取り組み、多様な面を持った人物だったと言うことでもありますが。
なお、「彼なりに内部改革に取り組んだから」でしょうが、彼の死においては、きれい事ばかりではなく「カトリックの不祥事(バチカン銀行のマネロン疑惑、聖職者の性虐待疑惑)」が触れられていますね。
また「産経など一部右派」は「反共、反中国」の立場から、彼の「中国への融和姿勢」を非難しています。
【参考:カトリックの醜聞】
生前、「カトリックの名誉回復」のために、フランシスコが対応せざるをえなかった聖職者による児童への性的虐待や宗教事業協会(バチカン銀行)での資金洗浄疑惑については以下を紹介しておきます。
ベネディクト16世の辞任 - Wikipedia参照
2013年2月11日に発表されたローマ教皇のベネディクト16世が教皇職を辞任した出来事である。
教皇の辞任は1415年にグレゴリウス12世が教皇職を放棄して以来で598年ぶりのことであり(グレゴリウス12世は教会大分裂を終了させるために退位した)、外部の圧力を受けない自由意志での辞任は1294年のケレスティヌス5世以来で719年ぶりである。近代の教皇は終身制で死ぬまでその地位にあると考えられて来たので、この動きは予想だにされなかった。ベネディクト16世は辞任理由として高齢であるため健康が衰えている事を挙げた。辞任後は名誉教皇と呼ばれ、聖下という敬称はそのまま使われ続けた。その後、ベネディクト16世は2022年12月31日に95歳で帰天*2した。
カトリック教会の性的虐待事件 - Wikipedia参照
ニューヨーク・タイムズが、ベネディクト16世自身が教皇庁教理省長官在任時代に司祭の虐待事件をもみ消していたという疑惑を2010年3月25日に報じたことから、3月28日にはロンドンで教皇の退位を要求する抗議デモが行われた。
ベネディクト16世に代わり、2013年3月13日に新たに教皇となったフランシスコは、2013年4月5日に「児童性虐待」の問題に関して「断固とした対応をとる」という声明を発表した。
フランシスコ (ローマ教皇) - Wikipedia、宗教事業協会 - Wikipedia参照
前任者のベネディクト16世の生前退位の原因の一つと言われる、宗教事業協会(以下、バチカン銀行)のマネーロンダリング(資金洗浄)を含む不明朗な資金運用について、フランシスコはマネーロンダリングなど金融犯罪と戦うための命令を出している。
2013年8月にはバチカン銀行の調査のための金融安全委員会を発足させ、報告書がフランシスコに提出された。
2021年1月21日、バチカン市国の裁判所はバチカン銀行の元総裁アンジェロ・カロイアに対して公金横領とマネーロンダリングの罪で禁錮8年11ヶ月の有罪判決を言い渡した。
前任者のベネディクト16世の退位の原因のもう一つの理由と言われているのが、聖職者による児童への性的虐待である。これに関してフランシスコはベネディクト16世が公に謝罪した路線を継承し、2013年3月に教理省のゲルハルト・ミュラー長官に「断固たる対応」を要請した。翌2014年1月にはバチカンはベネディクト16世在任中の2011年から2012年に400人以上の聖職者が性的虐待で聖職を失ったことを公表した。2014年、国連「子どもの権利委員会」はバチカンに対して「ゼロトレランス」を評価する一方で、カトリック教会は被害者の保護より教会の名誉と加害者の保護を優先していると批判し、疑いのある聖職者は直ちに捜査当局にゆだねるよう勧告した。
宗教事業協会 - Wikipedia参照
1978年8月にローマ教皇に就任したヨハネ・パウロ1世は、就任後に宗教事業協会(バチカン銀行)の不透明な財政についての改革を正式に表明した。
さらにマフィア、極右秘密結社「ロッジP2」、アンブロシアーノ銀行などとの不明朗な関係が噂されていた当時のバチカン銀行総裁ポール・マルチンクス大司教*3の更迭を決めていたとされる。
就任後間もないにもかかわらずこの様に大胆な改革を進めようとしたことが、多くのバチカン内の改革派と信者からの支持と喝采(そして対象者とその利害関係者からの抵抗と非難)を受けたが、教皇在位わずか33日目の1978年9月28日の午前4時45分にバチカン内の自室で遺体となって発見された。わずか33日の教皇在位は、最短の在位記録となった。
公式見解は病死だが、バチカン銀行総裁を更迭予定だったマルチンクス大司教、そして彼と関係の深かった「ロッジP2」のリーチオ・ジェッリ代表、アンブロシアーノ銀行のロベルト・カルヴィ頭取らによる謀殺説が囁かれることになった。教皇の死去は、映画ゴッドファーザーPARTIIIでも、暗殺説の立場で取り扱われている。
ロベルト・カルヴィ - Wikipedia参照
急死したヨハネ・パウロ1世を継いで1978年10月にローマ教皇となったヨハネ・パウロ2世が、前任者と打って変わってバチカン銀行の改革に熱心でなかったこともあり、その後もカルヴィは、マルチンクス大司教の庇護の下バチカン銀行を経由したマフィア絡みのマネーロンダリングと不正融資を続けた。
しかしその後、アンブロシアーノ銀行を経由した不明朗な資金の流れは、イタリア政府関係者やイタリアをはじめとする各国のマスコミの疑念を呼ぶこととなり、1981年から1982年にかけてイタリア中央銀行による大規模な査察を受けた結果、およそ10~15億アメリカドルに上る使途不明金を抱えていたことが明らかになり、1982年5月に銀行が破綻した。
なおカルヴィは、イタリア議会の公聴会への招聘の直前に、偽造パスポートを使い、イタリア国外に逃亡していた。
その後国際手配されたカルヴィが、1982年6月17日の未明に、ロンドンのテムズ川にかかるブラックフライアーズ橋の下の塗装工事現場で、「首吊り自殺」の姿で発見された。しかし、衣服のポケットに、石や煉瓦が入っているなど、死体の状況が単なる自殺とはかけ離れた状況であることから、遺族らの要望によってロンドン警視庁が捜査を開始した。
最終的に他の場所で殺したのちにボートでブラックフライアーズ橋に遺体を運んだ他殺であると判断された。また、イタリア警察当局も2003年7月にカルヴィの遺族の依頼により遺体を掘り起こし再鑑定した結果、「殺されてから、発見現場に運ばれた」との判断を下しており、現在は他殺の認識が一般的である。暗殺の理由として、「マネーロンダリングや不正融資における中心人物であったカルヴィの口封じ」や、「アンブロシアーノ銀行破綻により、多額の資金を失ったマフィアによる復讐」など多くの理由が噂された。
カルヴィが殺された1982年6月には、アンブロシアーノ銀行の歴代頭取の秘書を務めていたグラツィエラ・コロケルも「投身自殺」し、1986年3月21日には、横領等で逮捕、投獄されていた、カルヴィの共犯者ミケーレ・シンドーナがイタリアの刑務所内で「服毒自殺」し、「自殺に見せかけた他殺」が疑われる変死事件が多発した。
カルヴィが暗殺された翌1983年には、「アンブロシアーノ銀行の破綻の責任者である」として、バチカン銀行総裁であったマルチンクス大司教に対してイタリア検察から逮捕状が出たが、その後バチカンという「外国籍」のマルチンクス大司教に対する逮捕状は無効とされ、その後もマルチンクス大司教に捜査の手は及ぶことなく、教皇ヨハネ・パウロ2世の事実上の庇護下で1989年までバチカン銀行総裁を務めた。
【事件を扱った作品】
◆ゴッドファーザーPARTIII(1990年、アメリカ)
マルチンクス大司教(映画ではギルディ大司教)がバチカン銀行総裁を退任した翌1990年に公開されたこの映画において、ロベルト・カルヴィ暗殺事件とヨハネ・パウロ1世の教皇就任直後の突然死(映画内ではギルディ大司教ら反教皇派による「病死に見せかけた暗殺」と描写)が、長年のバチカンとイタリア政界、マフィア3者の癒着を象徴する事件として描かれた。カルヴィは、バチカン銀行の「フレデリック・カインジック」という役名になっている。
「話が脱線します」が、こういう不祥事(バチカン銀行のマネロン疑惑、聖職者の性虐待疑惑)があっても、カトリックを厳しく批判しても、「カトリックを全否定したり、オウム真理教、統一協会等のような反社会的宗教団体と同一視する人」はさすがに、あまりいないわけで、小生も「日本共産党に対する評価」はそれと似たようなもんです(まあ、共産党は「バチカン銀行のマネロン疑惑、聖職者の性虐待疑惑」レベルの特大不祥事はない、というか、カトリックには失礼ながら、ここまでの特大不祥事が発覚して批判される組織もあまりないでしょうが)。
「いつまでしゃべってんねん」 共産市議、同僚にパワハラ発言で処分 [大阪府]:朝日新聞等の問題が一部にあるからといって、id:kojitaken等のように共産を全否定するのは無茶苦茶だろうと「九条護憲」「歴史修正主義(南京事件否定論など)批判」等を理由に共産を支持する「一共産支持者」として思っています。kojitakenだってローマ教皇庁を批判しても、さすがに全否定はしないでしょう。