紙屋研究所、松竹伸幸、広原盛明を批判する(2025年7/22日分)

第2の「50年問題」 共産党の選挙総括に関して動画 | 松竹伸幸オフィシャルブログ「超左翼おじさんの挑戦」Powered by Ameba
 勿論「共産の議席減」は、支持者にとって深刻な問題ですが「ソ連共産党内政干渉」で党がズタボロになった「50年問題」ほどの話ではないでしょう。
 そしてこうした事態は松竹や紙屋の強弁と違い「彼らの除名」とは何一つ関係が無い。
 「ドイツのための選択肢(ドイツ)」「国民連合(フランス)」のような排外主義政党(参政党や国民民主党)の躍進が不幸にも日本で起こったという話です。
 だからこそ「参政や国民民主が議席増加する一方で、共産が不振なだけでなく立民も現有議席維持に留まった(正直、立民の不振は驚いたし、ショックです)」。
 「紙屋や松竹を除名するから共産は敗戦した」と言い募るのに「都合が悪い」からか、
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歴史的惨敗を受けて臨時党大会を開くべきだ - 神谷貴行のブログ
共産党の低落が止まらない、このままでは「政党要件」を失う恐れも否定できない、2025年参院選の結果から(1)、共産党はいま存亡の岐路に立っている(その66) - 広原盛明のつれづれ日記
〝共産党幹部は気楽な稼業と来たもんだ〟...植木等の「サラリーマンどんと節」が聞こえる、2025年参院選の結果から(2)、共産党はいま存亡の岐路に立っている(その67) - 広原盛明のつれづれ日記
参院選惨敗への批判を封じる「常幹声明」、志位新著の大宣伝は論点すり替えのための目くらまし、2025年参院選の結果から(3)、共産党はいま存亡の岐路に立っている(その68) - 広原盛明のつれづれ日記*1
448万票、361万票、286万票と3回連続・全都道府県で一斉に縮小している共産党の得票数と得票率、〝解党的出直し〟なくしてこの動きは止められない、2025年参院選の結果から(4)、共産党はいま存亡の岐路に立っている(その69) - 広原盛明のつれづれ日記
参院選敗北の原因を選挙戦術に矮小化し、党中央の政治責任をあくまで認めようとしない常幹声明と幹部会決定、〝党沈没〟の危機が加速している、2025年参院選の結果から(5)、共産党はいま存亡の岐路に立っている(その70) - 広原盛明のつれづれ日記*2
参院選敗北の責任を党中央として〝痛感する〟と言いながら、誰も責任を取らない党指導部の不思議、第6回中央委員会総会決議に見る強烈な前衛意識の存在、2025年参院選の結果から(6)、共産党はいま存亡の岐路に立っている(その71) - 広原盛明のつれづれ日記
自民党は全国の党員・党友が投票に参加する総裁選挙を実施する、共産党は志位議長ほか党指導部の〝信任投票〟さえ実施する意思はないのか、2025年参院選の結果から(7)、共産党はいま存亡の岐路に立っている(その72) - 広原盛明のつれづれ日記*3
といった記事が「立民も比例獲得得票を減らし、議席が現有維持に留まったこと(立民党・野田執行部ですら「事実上の敗北」と認めたこと)」に全く触れないのには心底呆れます。
 〝共産党幹部は気楽な稼業と来たもんだ〟...植木等の「サラリーマンどんと節」が聞こえる、2025年参院選の結果から(2)、共産党はいま存亡の岐路に立っている(その67) - 広原盛明のつれづれ日記で「共産党幹部は気楽」と悪罵する「反共分子」広原ですが
1)過去の選挙はともかく、今回は、立民も比例獲得得票を減
2)排外主義右翼政党の参政が躍進
を考えれば「共産党の方針」がどうこうではなく、「日本において左派、リベラル派の支持が減り、右翼への支持が増えてる」「これは私、広原を含むリベラル派、左派の政治的敗北だ。もはや共産党に悪口して憂さ晴らしして、溜飲を下げて済む話ではない」と理解すべきでしょうに、共産に悪口しかしないから呆れます。共産幹部は「共産に悪口しかしない、脳天気な広原よりは現状を深刻に捉えてる」でしょう(なお、この一文は広原記事に投稿しますが掲載拒否でしょう。それでよくもまあ共産に「自由な議論」を求めることが出来たもんです。「ただの反共に過ぎない広原」は「恥を知れ」と言いたい)。
 なお、「立民も比例獲得票数を減らしてる」と言う指摘は
【1】今回の選挙結果は共産党の方針がどうこうというより、参政党のような排外主義が日本で受けてることが重大な問題
【2】「党非難に都合の悪い事実(現有議席を維持したが、立民も獲得票数を減らしてる)」を無視する紙屋や松竹、広原は「卑怯者の反共分子(人間のくず)」である。彼らに「党を愛してる(紙屋、松竹)」「日本の政治をよくしたい(紙屋、松竹、広原)」などという資格はかけらもない(そもそも昔はともかく今は紙屋も松竹も党を愛してなどおらず、口から出任せでしょうが)
と言う指摘にずぎず、少なくとも俺の主観的には「立民が獲得票数を減らし、現有議席維持に留まったから、共産も獲得票数や議席を減らしても仕方が無い」という「自慰行為」のつもりではないことを書いておきます。勿論「獲得票数や議席を減らしていいこと」は何もありません。そういう意味で「東京選挙区の議席維持」は非常に嬉しい。「凡人の俺」には事態打開の妙案はありませんが、何とか党には今回の敗戦を、今後リカバリーして欲しいし、俺も今後も「拙ブログ」で赤旗、前衛記事を紹介するくらいのことは続けます。
 それにしても参院選期間中、何一つ記事を書かなかった広原が選挙後に、澤藤統一郎の憲法日記 » 事態は深刻である。民主主義が正常に機能するための条件整備が必要なのだ。いかに迂遠であろうとも。等とは違い、「参政党への危惧の念」そっちのけで、「嬉しそうに共産に悪口」。広原のクズさには心底呆れます。
 「参政党の躍進」について「広原を含むリベラル、左派の責任である」という自己反省は広原にはないらしい。
 なお、共産による「参政党への危惧の念」表明を「外部要件のせいにしてる」と悪口する広原ですが
1)今回の敗戦は「参政党の躍進」と言う要素が大きく、「共産」というより「リベラル、左派自体」が苦しい選挙だった
2)共産は「そうした状況を何とか打破しよう」「党の地力をつけよう」としており「外部要件のせいにして逃げてるわけではない」と言う意味で言いがかりも甚だしい。
 むしろ「自らの責任」を問わない広原の方こそ「共産、社民などのせいにして、自らの責任に向き合わない愚か者、卑怯者」でしょう。
 なお「政党要件を失う=得票が減る」ということなので「勿論良いことではない」ですが、「政党助成金をもらってる社民党」はともかく「もらってない共産」においては「政党要件それ自体(助成金交付の要件)」は恐らく「重要視されてないこと」を指摘しておきます。
 なお、以上は広原記事に投稿しますが掲載拒否でしょう。「賛同コメントしか掲載しない広原」も呆れたバカです。


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 紙屋や松竹、類友については「不愉快」だし、「呆れてもいますが」、反党分子として、彼らは「共産の議席減」を理由に党に悪口出来てニコニコなんだろうなとは思います(紙屋や松竹、類友が世間から支持されてるわけでもないのに)。
 但し
1)参政党、国民民主党といったウヨ政党の躍進
→特に参政党が「日本人ファースト」という排外主義を公然と主張してた点
2)現有議席維持に留まった立民党の不振
を考えれば「共産に問題が無い」とは言いませんが「左翼、リベラル派自体が厳しい状況にある」と見るべきでしょう。
 そういう認識は全くせず、共産にしか悪口しないのが反党分子の紙屋や松竹、類友なんでしょうが。
 なお、「臨時党大会を開くべきかどうか(俺は党員、後援会員、サポーターではない、部外者なので何も言う気はないです)」はともかく党も当然、今後の課題について色々論じるでしょう。
 いずれにせよ「除名された反党分子(要するによそ者、部外者)」が「除名無効裁判で勝訴したわけでもない」のに「臨時党大会」を云々するなど何様のつもりなのか。

 裁判闘争に勝って私が党に戻っても、党が消えてなくなっていたり、ありえないほど小さくなってしまっていては、私にとっても、そして何より日本社会にとって困ります。

 維新の除名訴訟で原告(小村貴司・北名古屋市議)が敗訴(2024年4月21日) - bogus-simotukareのブログでも書きましたが、「維新除名訴訟での原告敗訴(部分社会論等によって原告敗訴判決)」を見るに「勝つ見込み」が高いわけでもないのによくもふかしたもんですが、それはさておき。
 そんなに党に不満があるなら「自民党を離党して新生党を作った、あるいは民主党を離党して『国民の生活が第一』を作った小沢一郎」「自民党を離党して都民ファーストを作った小池百合子」「社会党を離党して民社党を作った西尾末広社民連を作った江田三郎新社会党を作った矢田部理」(これらの多くはその後消滅しましたが)などのように、紙屋、松竹新党を作ればいいでしょうに。遠慮しなくていいんですよ。「紙屋や松竹が悪口雑言する共産」と比べても「紙屋、松竹支持者」が少なすぎて、作る能力も意思もないんでしょうが(但しプライドが高すぎてそうした惨状を認められない紙屋や松竹も全く無様で哀れです)。
なお

道産子ナオ
◆剽軽奈乙燦(ひょうきんなおっさん:落語家「月亭太遊氏(1984年生まれ、月亭遊方の弟子)」がウヨの誹謗中傷を受け、所属する月亭一門に迷惑をかけることを恐れ、月亭一門を離れると共に芸名を改名。政党としては共産を支持)
 参政党を支持してるやつはアホ。これは事実。ただ、「アホやで!」と気づいてもらうための対話はいくらでもしていく、(ボーガス注:相手が)どんなに頭悪くてもガラ悪くても。

ですね。何も「臨時党大会」など開かなくても「今できること」は各自が当然に今すべきでしょう。
 また

道産子ナオ
◆Shoko Egawa*4
 選挙でのSNSの影響力の大きさが語られ、その通りだと思いますが、今回、参政党を躍進させたのは、それ以上にテレビの力が大きいと思います。テレビの多くは、発言が事実に反するなどの問題があっても突っ込まないので言いっぱなしで済む。テレビに出るようになったおかげで、一挙に知られるようになり、人がドッと集まるようになったと神谷氏も参政党の党員たちも言っていました。テレビには、これからの同党をしっかりウォッチし続ける責任があると思います。もちろん新聞、雑誌、ネットの各メディア、そして私たちジャーナリズムに関わる全てにも。

と言う指摘も同感です。SNSは重要でしょうが、それを過大評価するのはいかがなものか。SNSだけで何とかなるなら、神谷は「日本記者クラブ主催の党首討論会(マスコミが報道)」には出なかったでしょう。
 また、マスコミ(特にテレビ局)も遅きに失したとは言え「これからでも」きちんと参政党を批判報道すべきです。
 それにしても「批判大歓迎」と書きながら

歴史的惨敗を受けて臨時党大会を開くべきだ - 神谷貴行のブログ
 コメントについてはこれまでの私の議論では言い尽くせていないような新しく大事な論点が出たなと思った場合や、単に気が向いた場合などに限って返信のコメントします。基本は反応せずに、読者の自由な判断に委ねております*5。なぜなら、ほとんどの場合はブログ記事を読んでもらえれば読者の方は納得してもらえる*6からです。時間は有限ですね*7

として「基本的にコメントには応答しない」と逃げを打ってる紙屋には心底呆れます。何処まで「不誠実で卑怯者」なのか。


◆紙屋ツイート

紙屋高雪
 松竹伸幸の述べている観点で注目。
 戦後80年談話への意欲や「(米国に)なめられてたまるか」発言もあったしなあ。
 選択的夫婦別姓や消費税減税など「中道保守」部分をパーシャルに組み合わせて、独特の政策を実現できるなら石破は日本政治史に足跡を残せるかもしれない。

 今の石破にまともな談話が出せるとは思えないし、選択的夫婦別姓や消費税減税をやる気があるならとっくにやってるでしょう。
 「消費税減税」はともかく、立民、共産と言った「別姓支持派」が大幅に議席を増やしてれば良かったところ「それに消極的な国民民主」「消極的どころか反対の極右・参政」が議席増ではよほどのことがない限り、石破は選択的夫婦別姓をやるわけがない(夫婦別姓支持の俺にとっては残念ながら日本国民の多くも選択的夫婦別姓には無関心なのでしょう)。
 まあ日本政治史に足跡を残すというなら、石破は既に「国連女性差別撤廃委員会への無法な報復」「学術会議を御用機関化しようとする学術会議法改悪」で大いに悪名(足跡)を残してるんですけどね。
 共産支持者を名乗りながら
主張/国連機関への拠出/女性差別撤廃委の除外撤回を2025.2.8
主張/学術会議解体法強行/歴史に禍根残す自公維の暴挙2025.6.12
といった共産の石破批判を完全無視して石破を持ち上げるとか、紙屋や松竹はどういう神経をしてるんですかね。さすが「党を裏切った反党分子(松竹、紙屋)」は頭の中身が「常識人とは違う」ようです。
 まあ、石破で期待するなら奴が以前から主張してる「防災庁」ですかね。それだって今のところ具体的な話はまるでなく現時点では評価は出来ませんが。

*1:志位著書の内容の是非(俺はマルクス主義素人なので評価は出来ません)はともかく、志位氏は「自著に意義がある」と思うから宣伝してるだけで「批判封じ」「目くらまし」ではないでしょう。そもそも志位氏は「資本論学習は大事」とは言っても「資本論学習すれば当然に党勢が拡大する」なんて話はしてない。くだらない言いがかりをつける広原には呆れます。というかそんなに「共産がダメだ」と思うのなら、共産など見捨てて広原が「独自の政治運動をすればいい」でしょうに。「広原の意見など共産は聞かないこと」はわかり切ってるのに悪口して空しくないのか?。といえば「俺の意見を聞かない共産はアホだ」と悪口出来るからその方がいいのでしょうが。日本の政治を真面目に考えてるわけではなく、「恨みがあるらしい共産」に悪口して憂さ晴らしする「アホの老害広原には心底呆れます(これは広原だけでなく紙屋や松竹と言った他の反党分子の多くも同じでしょうが)。そもそも参政党の議席増を考えれば「共産の古い党内体質(民主集中制)云々」ではなく「日本社会が急速に右傾化、あるいはポピュリズム化してる」と見るべきだし、参政党を支持するような国民が「見捨ててる(?)」のは共産だけではなく「広原を含むリベラル、左派(共産に支持がなくても、リベラル、左派自体には支持があるなら、立民の不振や参政の議席増はあり得ない)」であり「広原自身が世間に見捨てられてる」という反省皆無で「共産に上から目線で悪口」とは広原のバカさに心底呆れます。まあ、何を俺がコメントしようが、批判コメントは全て掲載拒否する「独裁体質の広原」が自分を棚上げして何を抜かしてるのかという話ですが。大学教員時代も「学生や部下(大学職員)」など「下の立場」の人間相手に独裁体質を遺憾なく発揮して嫌われてたんだろうなとは思います。だからこそ大学を定年退職して、名誉教授(名誉職に過ぎず権限はない)になって、誰からも相手にされなくなった憤懣もあって憂さ晴らしのために共産に悪口するのでしょうが。

*2:「党の力不足について執行部として責任を痛感している」等では「表現として弱い」というならともかく、「責任から逃げてる」というのは反党分子広原」らしい不当なネガキャンに過ぎません。そもそも党員でもない部外者「広原」があれこれ言うのは越権行為だし、そもそも広原も「自分の主張が党に受け入れられる」とは思ってないでしょう。単に「何らかの理由で党に私怨を持つ広原」が「俺の意見を採用しないから党はダメなんだ」と悪口して憂さ晴らししたいだけのくだらない話です。そもそもそんなに広原が「自分に自信がある」ならぜひ「れいわ新選組の山本」「参政党の神谷」等のように仲間と一緒に新党を作ればいい。「ダメな共産」に無駄な期待をして悪口するよりも是非そうして下さい。その方が共産も広原もお互いに気分がいいでしょう。といったら1)政治を変えたいわけではなく、単に共産に悪口して憂さ晴らししたい低レベルな老害広原、2)広原は自分に政治的力量が無いことを自覚してるのでそんなことはしないわけですが。「一部の類友広原と同レベルの反党分子)」に同調されるだけで「社会的影響力皆無の広原」も全く哀れで無様な老害です。つうか、政治ブログを自称しながら、共産に悪口するばかりで「学術会議法改定問題」など「学術に関係した政治問題」に何一つ言及しないのが酷い。それでも「自称学者」か、と心底呆れます。

*3:「全国の党員とやらが選んだ石破」が選挙に負けたとは言え「敗戦したのは石破一人が悪いか」のように悪口され、「石破政権から干されていた茂木元幹事長や高市政調会長」ならともかく、石破政権の一員だった小泉農水相や林官房長官が「改革派」面して総裁選出馬を表明し、小泉に至っては「若手改革派扱い」で一定の支持も得てるらしいという自民党総裁選なんか、俺は広原のように肯定的な評価をする気には全くなりません。問題は「政策をどう変えるか」であってそれなしで「とにかく総裁を変えてイメチェンすればいい」というくだらない代物が自民党総裁選ではないのか。なお、これは広原に限りませんが、紙屋や松竹ら反党分子連中が多くの場合「党の抜本的改革」等という抽象論しか口に出来ないことが滑稽です。「参政が議席を増やした」「立民が現有議席維持に留まった」という「社会の右傾化状況」において「共産はここを変えればいい」とは思いつきですら、広原反党分子連中には言えないのでしょう(まあ、思いつきで出される意見も多くの場合、本当に「思いつき」でまともな根拠は何もないですが)。そして、偉そうなことを言いながら「広原先生のご意見に賛同します」という賛同意見しか掲載しない広原が良くも党に向かって悪口出来たもんです。偉そうなことを抜かすのは「全てのコメントを掲載してから」にしたらどうなのか?(これは松竹や紙屋も似たり寄ったりですが)。大学教員時代(広原京都府立大学名誉教授)も「俺の主張は正しい」で学生や大学職員など「下の立場の人間」に高圧的態度を取って嫌われてたんだろうと確信させてくれる、広原の自分勝手な態度です。そんな「自分勝手な態度」の結果、世間に相手にされなくなった「広原の憂さ晴らし」が「共産への悪口」なのでしょう。広原も哀れな男です。そんなことより「仮にも教員」なら「研究成果の発表」や「学問分野での政治的意見の表明(例えば大学無償化など)」をしたらどうなのか?。

*4:著書『私たちも不登校だった』(2001年、文春新書)、『人を助ける仕事』(2004年、小学館文庫)、『勇気ってなんだろう』(2009年、岩波ジュニア新書)、『名張毒ブドウ酒殺人事件』(2011年、岩波現代文庫)、『「カルト」はすぐ隣に:オウムに引き寄せられた若者たち』(2019年、岩波ジュニア新書)、『「想定外」をやっつけろ!: 検証・なぜ墨田区はコロナ禍第5波で重症者を出さなかったのか』(2022年、時事通信社)等

*5:いやいや「自由な判断に委ねる」て。「ここはどういう意味なんですか?、僕は、AかBかどちらかだと思いますが、Aですか、Bですか?。それとも別の解釈でCですか?」という質問についてもまともに応答せずに「あんたの自由判断でええがな」ですませていいという変人(?)が紙屋のようです。実際は「コメントをしたくないこと」を詭弁で正当化しようとしてるだけでしょうが。

*6:言ってる意味が分かりません。「ほとんどの場合はブログ記事を読んでもらえれば読者の方は納得してもらえる」とはどういう意味なのか?。紙屋に限らず多くの場合「ブログ記事を読んだだけで納得する」とは限らない(批判意見や疑問点もある)でしょうし、「納得した=コメントしない」ということでもないでしょう。「概ね賛同するが、この点については私はこう思うが、あなたはどう思うか」などいくらでもコメントはあり得る。大体ほとんどの場合はブログ記事を読んでもらえれば読者の方は納得してもらえるこれまでの私の議論では言い尽くせていないような新しく大事な論点が出たなと思った場合(は応答する)は明らかに矛盾しています。結局紙屋は「自分の言いたいことだけ言って応答したくない(特に批判的意見には応答したくない)」という「低劣な人格」なのでしょう。

*7:そんなことが「俺などの批判コメントから逃げて応答しないこと」の言い訳になるとでも神谷は思ってるのか?(呆)。何も「時間は有限」なのは全ての人間に該当することであって「神谷限定」ではない。