参政党に甘い反党分子「広原盛明」に悪口する(2025年10/13日分)

「保守と革新」「反動と進歩」の空中戦型発想では多党化時代に対応できない、共産党は野党最下位グループに沈んだ、2025年参院選の結果から(番外編3)、共産党はいま存亡の岐路に立っている(その76) - 広原盛明のつれづれ日記

 野党が「躍進組」「停滞組」「凋落組」の3グループに分かれたことだった。躍進組は国民、参政、れいわ、日本保守の4党、停滞組は立憲、維新の2党、凋落組は共産、社民の2党である。

 まず、れいわは躍進組とは言えないでしょう。以前も別記事今日の産経ニュースほか(2025年10/8~10/11分) - bogus-simotukareのブログで書きましたが三春氏*1のXによれば「マスコミ世論調査の支持率」において今や、れいわは「共産(反党分子広原が凋落呼ばわりで悪口)>れいわ」が固定化しています。
 どう好意的に見ても、れいわは停滞組でしょう(むしろ凋落組かもしれない)。参院選議席を増やした(そして比例獲得議席数が共産以上の議席数だった)とは言え、参政、国民民主に支持を食われて急速に党勢が衰退しているとみるべきでしょう。
 そして維新も停滞組と言えるかどうか。三春氏のXによれば、支持率は明らかに下降傾向であり、凋落組ではないか。
 勿論そうなったのは、維新、れいわの支持層が「国民民主」「参政」とかぶるからでしょうが。
 保守党にしても参院選議席を増やした物の、支持率は社民は上回っても「共産、れいわ」は下回る上に、参政、国民民主と支持層がかぶるので、広原が言うほど上がり調子とはとても言えないでしょう。
 保守党において「河村たかし(元名古屋市長)」「竹上裕子」と二人の衆院議員が離党したのは「そういうこと」です。
 参政や国民民主、維新といった「保守党よりも支持率の高いウヨ政党」への移籍を考えてるのか、いずれにせよ、保守党が上がり目なら彼らは離党しなかったでしょう。勿論、離党の事実自体も支持下降に拍車をかけるでしょう。これまた停滞組(あるいは凋落組)とみるべきではないか。
 なお、社民、共産を「凋落組」呼ばわりして悪口してどや顔する広原ですが
1)社民、共産ほどの力もない無能、無名が広原*2京都府立大学名誉教授)
→学者としても「南京事件研究の第一人者*3笠原十九司氏(都留文科大学教授)」「沖縄戦研究の第一人者*4林博史氏(関東学院大学名誉教授)」「慰安婦研究の第一人者*5・吉見義明氏(中央大名誉教授)」等と違い、世間的な知名度もないし、一般社会は勿論、「学者の世界」限定でも「お仲間(共著者、共同研究者など)や弟子以外」で高い評価をされてるとは思えない。
2)社民、共産の厳しい状態は「参政、国民民主の支持高止まり」「右派政党とは言え参政、国民民主に比べればリベラルな立民党の支持低迷」を考えれば両党の問題と言うより「左派、リベラル派の停滞、衰退」「右派の躍進」を示しており、広原が国民民主、参政に近い右派ならともかく、左派、リベラル派を自称してるのが広原
と言う意味で「天に唾する滑稽な行為」としか言いようがない。
 なお、社民については残念ながら凋落と言っていい(支持層が共産、立民とかぶる上に、共産、立民から支持を奪う公算に乏しい)でしょうが、共産について言えば「最近の支持率は大幅な増加ではない」もの「横ばい状態(あえて言えば誤差の範囲内ではあるだろうが微増傾向)」で維新との差(10/7時点で維新3.2%、共産2.9 %)は僅差です。勿論ここまで僅差になったのは「維新が落ちてきた」と言う要素が大きく、繰り返しますが「維新は明らかに凋落組」でしょう。そして維新が落ちてきたとはいえ「支持率が横ばい状態」で維新超えもありうる共産を「凋落組」と見るのは不適切であり、「停滞組」の方が適切ではないか(俺が共産支持者でひいき目があることは否定しませんが)。
 不愉快なので広原文章の引用はしませんが「参政党批判運動」「志位本の学習運動」を「敗戦責任から目をそらすための運動」と決めつけてることには「邪推(ゲスの勘ぐり)も大概にしろ」と心底呆れます。
 特に「志位本の学習運動」なら「失礼ながらそこまでの著書か?」という批判は一応あり得るでしょうが、 「参政党批判運動」は「参政党の危険性(排外主義、戦前美化などの極右性)」を考えれば「どう批判するか?」という方法論の議論はあり得ても、広原のように「参政党批判しなくていい」かのような物言いは論外でしょう。
 なお、久しぶりに三春Xを見ましたが

三春充希
 (ボーガス注:中国、韓国など)近隣諸国に対して行った加害と植民地支配、および(ボーガス注:共産党弾圧など)国内で行われた弾圧に触れられていない歴史認識*6など、読むのに値しない。

三春充希
◆Hachi Reborn
 石破*7が意外にも歴史修正主義に対して慎重な発言をしていたことはわりと知られている。
 しかしそれは、改憲・軍拡・緊急事態条項などへ向かう路線をスムーズにするための彼なりの方策。
 歴史観」を外交のカードと見なしてるだけであって、本質的な反省や天皇の戦争責任に話が及ぶことはない*8んです。

三春充希
◆羽鳥だいすけ・中野区議会議員(日本共産党)🏳️‍🌈🏳️‍⚧️
 (ボーガス注:226事件など)国内動乱についての評価だったら、ああいうもので良かったのかもしれませんが、対外戦争、しかも侵略と植民地支配についての所感で(ボーガス注:中国、韓国など)被害を受けた諸国について全く触れないのはありえない。
 ここまで自民党は内向きになったのだなと、その限界と到達点を見た思いです。

三春充希
◆ゆうさい
 総力戦研究所や秋丸機関*9が石破80年所感で取り上げられたため、アジア太平洋戦争は「勝てる戦か否か」というイシューばかりフォーカスされている。
 戦争はスポーツではない(ボーガス注:勝てれば、やっていいわけではない)。人権感覚のなさや無自覚なアジアへの差別意識をいまだ我が国人民は克服できていない

ということで三春氏の認識が

侵略戦争への反省なし 絶対的天皇制の責任不問/首相所感に田村委員長
 日本共産党の田村智子委員長は10日の記者会見で、石破茂首相が同日発表した所感「戦後80年に寄せて」には二つの大きな問題があると指摘しました。
 田村氏は一つ目に、「侵略戦争と植民地支配への反省を自らの言葉で語るべきなのに、そのことへの反省がまったく述べられていない。これは大問題だ」と指摘しました。
 二つ目に、「なぜ戦争を止められなかったのかいろいろと述べているが、あの侵略戦争を引き起こした直接の責任は、天皇絶対という政治体制、専制政治であり、ここに最も大きな責任がある」と主張。治安維持法のもと、戦争反対を唱える国民を徹底的に弾圧し、日本共産党員も弾圧で命を奪われたと指摘しました。
 所感は、当時の議会や報道機関にも戦争を止められなかった責任があるとしていますが、田村氏は「大もとには、天皇の絶対的な権力による専制政治があり、所感はこれを不問にしている」と批判。「これでは何の教訓も引き出すことはできないと指摘せざるをえない」と断じました。

という田村委員長に近いこと(そもそも彼がリツイートしてるうちの一人は共産・中野区議の羽鳥氏)が興味深いと共に嬉しい。
 三春氏は石破談話を「一定程度評価する人間」なのかと勘違いしていましたが「嬉しい誤算」です。

*1:著書『武器としての世論調査』(2019年、ちくま新書

*2:著書『震災・神戸都市計画の検証』(1996年、自治体研究社)、『開発主義神戸の思想と経営』(2001年、日本経済評論社)、『日本型コミュニティ政策:東京・横浜・武蔵野の経験』(2011年、晃洋書房)、『観光立国政策と観光都市京都』(2020年、文理閣)、『評伝・西山夘三』(2023年、京都大学学術出版会)等

*3:南京事件関係の著書に『南京事件』(1997年、岩波新書→新版、2025年、岩波新書)、『南京事件三光作戦』(1999年、大月書店)、『南京事件と日本人』(2002年、柏書房)、『南京難民区の百日:虐殺を見た外国人』(2005年、岩波現代文庫)、『南京事件論争史』(2007年、平凡社新書→増補版、2018年、平凡社ライブラリー)、『「百人斬り競争」と南京事件』(2008年、大月書店)等

*4:沖縄戦関係の著書に『沖縄戦と民衆』(2001年、大月書店)、『沖縄戦・強制された「集団自決」』(2009年、吉川弘文館歴史文化ライブラリー)、『沖縄戦が問うもの』(2010年、大月書店)、『沖縄戦・なぜ20万人が犠牲になったのか』(2025年、集英社新書)等。個人サイトWelcome to Hayashi Hirofumi'

*5:慰安婦関係の著書に 『従軍慰安婦』(1995年、岩波新書)、『日本軍「慰安婦」制度とは何か』(2010年、岩波ブックレット)、『買春する帝国: 日本軍「慰安婦」問題の基底』(2019年、岩波書店)、『日本軍慰安婦』(2025年、岩波新書:『従軍慰安婦』(1995年、岩波新書)の新版)等

*6:石破所感のこと

*7:小泉内閣防衛庁長官福田内閣防衛相、麻生内閣農水相自民党政調会長(谷垣総裁時代)、幹事長(第二次安倍総裁時代)、第三次安倍内閣地方創生担当相を経て首相

*8:但し「石破よりはマシ」だとしても、歴史観」を外交のカードと見なしてるだけであって、本質的な反省や天皇の戦争責任に話が及ぶことはないは「宮沢内閣(慰安婦問題での河野官房長官談話)」等、歴代自民党内閣はすべて同じでしょうが。

*9:陸軍省戦争経済研究班のこと。秋丸次朗陸軍中佐が組織のトップだったためにこう呼ぶ(秋丸機関 - Wikipedia参照)