黒坂真に突っ込む、ほか(2020年4月30日分)

◆近衛「戦犯指定」は昭和天皇の謀略?
吉田裕著『昭和天皇の終戦史』を読む - 近衛文麿と昭和天皇の暗闘 : 世に倦む日日

 吉田裕*1著の岩波新書昭和天皇終戦史』を開いて読んだ。非常に面白い。
 近衛文麿の思惑では、昭和天皇に退位させ、幼い少年の皇太子(ボーガス注:もちろん明仁上皇のこと)が成長して即位するまでの間、弟の高松宮を摂政に据える予定だった。
 その当事者の高松宮がこの退位論に色気を出して乗っかる態度を示し、当時、昭和天皇の戦争責任について歯に衣を着せぬ批判を漏らすという状況が生じていた。
 ここで、退位を阻止せんとする木戸幸一昭和天皇が巻き返しに出て、近衛文麿が呆気なく追い落とされるのである。11月の政変。近衛文麿は、まさか自分が戦犯指定されるとは夢にも思っていない。
 (ボーガス注:青酸カリによる服毒自殺という近衛の)哀れな最期に同情を禁じ得ない。きっと近衛文麿は「(ボーガス注:退位論を恨みに思った)(昭和天皇に)嵌められた」と思っただろう。すべて昭和天皇の思惑どおりに転び、(ボーガス注:近衛という)邪魔者が自分の代わりに罪を被って消えた。

 近衛文麿でググって偶然見つけた記事です。
 この文章を非常に素直に読むと
1)近衛文麿・元首相は『皇室の繁栄のため』には昭和天皇が『戦争責任をとるべきだ』『明仁皇太子殿下が即位し、昭和天皇の弟宮(高松宮)が摂政になればいい』と考え、彼を退位させようとした
2)昭和天皇は「ふざけるな」と近衛に激怒し、側近である「元・内大臣木戸幸一*2と共に近衛の抹殺に全力を挙げた。その政治工作の結果が『昭和天皇退位を望まない(昭和天皇を政治利用したい)』『そして昭和天皇に貸しを作りたい』GHQによる近衛の戦犯指定であり、将来を悲観して近衛は自殺した(ただし皮肉にもその後、木戸も戦犯指定され危うく死刑判決が出そうになりますが)
3)と吉田『昭和天皇終戦史』には書いてあると吉田裕著『昭和天皇の終戦史』を読む - 近衛文麿と昭和天皇の暗闘 : 世に倦む日日の書き手は理解*3している、ということになるでしょうね。
 つまりはこの陰謀論(?)が事実ならば「GHQに戦犯指定させ、近衛を自殺に追い込んだのは、近衛の退位論に激怒した昭和天皇の報復だった」わけです(いずれにせよ昭和天皇に退位意思が全くなかったことだけは「争う余地のない事実」です)。
 「近衛が退位論を唱えなければ、昭和天皇の恨みを買うこともなく、彼も自殺せずに済んだ」のかもしれません。
 小生、吉田『昭和天皇終戦史』を読んでいませんし、近衛の戦犯指定についても無知なので、この説が事実かどうか、滅多なことは言えませんが、『あの男(昭和天皇)なら保身のために、近衛をGHQに売り渡すくらいは、平気でやるだろう』とは思っています。ええ、俺は昭和天皇を『保身ばかりの人間のクズ』だと思って『心の底から軽蔑』しています。いずれにせよこうした陰謀があるにせよ、ないにせよ昭和天皇と米国の関係はウヨが強弁するような「米国の脅しで権限を奪われた被害者=昭和天皇」なんて単純なもんじゃありません。
 また近衛が「昭和天皇退位論」を唱えたことで分かるように、昭和天皇退位論とは、天皇制廃止とは必ずしもイコールではないことも指摘しておきます。まあ、こういう点(単純でない複雑な構図の存在)が歴史学の面白さの「一つ」だろうと俺は思っています。

黒坂真リツイート
 渡辺輝人さん。故人は反論できません。左翼は、日本国家を守ってきた先人を軽い気持ちで揶揄するのですね。左翼には先人の努力があったから日本国家と日本人が今、存在している事がわからない*4。左翼を嫌う人が増えていく*5のは当然。一昔前と比べると日本共産党、左翼団体の力量は大減退*6していませんか。
◆渡辺輝人がリツイート
 このツイート、まあ「炎上」した方だろうが、思ったよりも大分、力がない。昭和天皇はもはやネット右翼諸氏のイデオロギーの核にはなり得ないのではないか。
◆渡辺輝人
 昭和天皇は、自分の命と地位が惜しくて、沖縄戦、原爆投下、ソ連参戦を招いた戦争犯罪人だし、本当に国民に申し訳ないと思ってたら、最高の戦争指導者として責任を取る手もあった。マッカーサーに対して命をかけて国民を守ったなどというのは虚偽であり、とんでもない。

 「おいおい」ですね。渡辺氏相手には「故人は反論できない」と言いながら「スターリン批判以前は宮本顕治氏はスターリンを高評価していた」などと自分はためらいなく故人(宮本氏など)を非難するのだから黒坂もいい度胸です。
 大体「日本国家を守ってきた先人を軽い気持ちで揶揄」て渡辺氏のどこが「揶揄」なのか。単に「昭和天皇に対する事実認識とそれに基づく彼への批判的評価」を表明したにすぎません。揶揄というなら渡辺ツイートと全く関係ない悪口「左派の政治力は以前に比べて弱いのではないか」を始める黒坂の方がよほど揶揄でしょう。
 そもそも「米国相手に無謀な戦争(太平洋戦争)をやらかして多くの人間を死なせた」昭和天皇のどこが「日本国家を守ってきた先人」なのか。「日本国家を守るどころか、多くの国民を死なせ、敗戦による国家滅亡の危機を招いた愚人」だからこそ昭和天皇は批判されるわけです。
 というか、「昭和天皇を批判するよりも安倍自民を批判した方が私・渡辺に対するネトウヨの反発も大きい。(明仁上皇徳仁天皇、あるいは天皇制はともかく)もはや昭和天皇は日本ウヨにとってイデオロギーの核にはなり得ないようだ*7」という渡辺ツイートに対し「その通りだと思います」とも「いやそんなことはない」ともいえず意味不明な因縁を付ける黒坂はわけが分かりません。そもそも渡辺ツイートは「近年のウヨにとっては昭和天皇の位置づけは低いようだ」という事実の指摘をしたにすぎず「昭和天皇は最低のクズだからネトウヨですら支持できないのだ」だの「だから天皇制廃止の展望が高まった」などの評価をしているわけでもないのに何で因縁つけが始まるのか。
 そもそも「昭和の日(4/29)」において「昭和天皇を美化するテレビ特番」などが制作、放送されないことも「渡辺氏の認識の傍証」になるかと個人的には思います。もちろん今年は「コロナでそんなことが出来ない」と言う面はあるでしょうが、以前だって4/29に「昭和天皇を美化する特番」なんか大して放送されてないでしょう。

黒坂真
 渡辺輝人さん。帝国憲法昭和天皇が認めなければ開戦ができなかったのは当然ですが、御前会議に出る前に是とすることが決まっていたはずです。日本では昔から、天皇陛下が実務には殆ど関与しない。最終決断をする場合はありましたが。

 おいおいですね。繰り返しますが「終戦の聖断など一部例外を除き、御前会議開催前に事前打ち合わせで方向性は決まっていた」というその「事前打ち合わせ」にはそもそも「天皇との打ち合わせ」も入っています。
 天皇を除外して部下だけで会議の方向を事前に決めて、その「部下が決めた方向性」を天皇が受諾するしかないというならともかくそうではない。
 天皇の意見も受け入れた上で「決定している」わけで「天皇が戦争を推進した」という渡辺氏の指摘に何ら問題はありません。黒坂もいい加減恥知らずな詭弁もやめたらどうなのか。
 「実務に関与しない」というのが「方向性など大枠はともかく細かい計画立案は部下に任せる」つうならそんなんは何も昭和天皇に限らず、古今東西、「偉いさん」とはそういうもんです。
 ただし「細かい計画立案は部下に任せ」ても、その計画が「どうでもいい些細なこと」ならともかくそうでないなら、偉いさんも事前にチェックしてダメ出しなどするわけです。
 昭和天皇においても話は同じです。太平洋戦争開戦での「真珠湾攻撃」なんてのはわかりやすい例ですが、もちろん「フィリピンの米軍ではなくハワイの米軍を叩く」ということを事前にもちろん昭和天皇は知ってる。「ハワイを攻撃する」と言う説明を受けて承認してるわけです。

黒坂真
 渡辺輝人さん。御前会議で何を決めるか、は大抵、事前に別の所で決まっている*8
◆渡辺輝人
 (ボーガス注:御前会議が形式的だった、昭和天皇もお飾りで実権がなかったという方は)ではなぜ「(ボーガス注:御前会議の終戦の)ご聖断」で戦争を終わらせることができるのか、という疑問を持ったことはないのですか。あと、太平洋戦争の開戦は御前会議で決めてます。憲法上も、昭和天皇が是としなければ開戦はできない仕組みになっている*9のです。

 黒坂真に突っ込む(2020年4月29日分) - bogus-simotukareのブログで紹介した「昭和天皇の戦争責任」を批判する渡辺氏に対する「詭弁でそれを否定しようとする黒坂の因縁付け」の続きです(もちろん 黒坂真に突っ込む(2020年4月29日分) - bogus-simotukareのブログで紹介した山田朗氏の諸著作などで分かるように『昭和天皇の戦争責任』を認めるのが歴史学の通説です)。
 確かに「いわゆる終戦の聖断*10」など一部を除いて、『事前に打ち合わせがあってある程度結論が決まってる』のはその通りですが、その「別の所」にはもちろん「天皇との打ち合わせ」も入っています。
 御前会議開催前に天皇との打ち合わせを何もせず、『天皇は御前会議で首相や軍部などが何を言うかさっぱり分からず』、一方、首相や軍部も『御前会議で天皇がどんな意見を言うか予想がつかない』なんて話はありません。
 もちろん「御前会議において天皇が自分の意見を言えず、『良きに計らえ』で部下に任せるしかない」なんてこともない。
 通常、事前に「打ち合わせ」をしているので、天皇の意思を無視してダメ出しされた意見を部下が出すことはないし、だからこそ天皇も『意見を会議で言わなくてもいいことが多い』のですがそれは『会議において天皇が自分の意見を言えず、『良きに計らえ』で部下に任せるしかない』と言う話ではありません。
 どう黒坂らウヨが詭弁を吐こうとも昭和天皇は最高権力者として君臨していたわけです。
 それがわかりやすいのが「御前会議の正式メンバー」でしょう。天皇が出席する会議は全て「御前会議」ですが、一般に御前会議と言った場合、戦争についての最高意思決定機関『大本営御前会議』を意味します。
 そして『統帥権独立の原則』から『大本営御前会議』の正式メンバーは天皇の他は、「陸海軍大臣」「参謀総長、次長」「軍令部総長、次長」と全て軍人です(ウィキペディア『御前会議』参照)。
 もちろん「政府(内閣)と軍との意思疎通がない」と戦争遂行が困難なので、多くの場合「大本営御前会議メンバー」に「政府中枢(首相、蔵相、外相など)がプラスアルファとして参加する拡大版・大本営御前会議」とでも言うべき会議も開かれることがほとんどです。ただしこの『拡大版・御前会議』のメンバーについては明確な規定はありません。その都度、政府と軍の話し合いで決めていた。
 しかも『統帥権独立の原則』を盾に、軍部側が『大本営御前会議では言えるが、拡大会議では言いたくない』『首相などが反対しても、大本営御前会議(正式会議メンバーが軍人しかいない)で天皇を説得してOKをもらえば問題ない。天皇が賛成した既成事実をつくれば首相だって諦めるだろう。大本営御前会議で天皇を説得できれば、拡大版会議なんかどうでもいい』などという態度をとっていたのだから、結局、軍をコントロールできる立場にいるのは「大元帥であり、大本営御前会議メンバーである昭和天皇しかいない」わけです。

黒坂真
 明治大帝が独裁者として権限を行使した件は、何かありましたか

 「昭和天皇の戦争責任」に対する黒坂の「反論の一つ」がこれです。
 やれやれですね。黒坂の言う独裁者とやらが「毛沢東中国共産党主席が文革劉少奇国家主席、鄧小平副首相らを失脚させた」ように「明治天皇が、幸徳秋水など反政府派どころか、独裁的に明治新政府幹部すら失脚させた内ゲバ的ケースがあったかどうか」なら、そうしたケースはおそらくないでしょう。
 後で述べる征韓論論争での『征韓論派の失脚』は内ゲバ的粛清劇ではありますが、あの粛清劇の主役は征韓論賛成派と反対派であり、明治天皇征韓論反対派を支持したにすぎません(そもそも文革のような『政権幹部の粛清』自体がどこの国でもレアケースですが)。
 なお、秩父事件大逆事件(でっち上げによる幸徳秋水ら反体制派の大量死刑)など反体制派の弾圧なら当然、明治天皇は1)積極的に動いたか、2)『良きに図らえ』で伊藤博文*11山縣有朋*12らの弾圧を容認したかはともかく独裁的弾圧に加担したわけです。
 いずれにせよ「明治新政府」において最高権力者は明治天皇だったわけです。
 そのわかりやすい例が征韓論論争です。
 征韓論論争において、征韓論派(板垣退助*13江藤新平*14後藤象二郎*15西郷隆盛*16副島種臣*17ら)と反対派*18岩倉具視*19大久保利通*20木戸孝允*21三条実美*22ら)の政治対立を決着させたのは「征韓論反対派を支持する」明治天皇の意思でした。
 もちろん「繰り返しますが」征韓論論争の主役は征韓論派と反対派です。とはいえ反対派が勝利したのは「事情がどうあれ」明治天皇が反対派を支持したからです。明治天皇征韓論派を支持すれば、征韓論論争は征韓論賛成派の勝利となり、大久保や木戸が下野していたことでしょう。
 「西郷の西南戦争」や「江藤の佐賀の乱」はおそらくなかったし、「自由民権運動」も「板垣の不参加」により性格が大きく違っていたのではないか。

*1:一橋大学名誉教授、東京大空襲・戦災資料センター館長。著書『天皇の軍隊と南京事件』(1986年、青木書店)、『昭和天皇終戦史』(1992年、岩波新書)、『日本人の戦争観』(1995年、岩波書店→2005年、岩波現代文庫)、『現代歴史学と戦争責任』(1997年、青木書店)、『日本の軍隊:兵士たちの近代史』(2002年、岩波新書)、『アジア・太平洋戦争』(2007年、岩波新書)、『兵士たちの戦後史』(2011年、岩波書店→2020年、岩波現代文庫)、『現代歴史学軍事史研究』(2012年、校倉書房)、『日本軍兵士:アジア・太平洋戦争の現実』(2017年、中公新書)など

*2:第一次近衛内閣文相、厚生相、平沼内閣内務相や内大臣を歴任。戦後終身刑判決が出るが後に仮釈放。

*3:もちろんその理解は吉田裕著『昭和天皇の終戦史』を読む - 近衛文麿と昭和天皇の暗闘 : 世に倦む日日の書き手による『吉田著書の誤読』であり、そんなことは吉田著書には書いてない可能性もありますが

*4:やれやれですね。「今の日本を作り上げた先人」にはもちろん『黒坂らウヨ』だけではなく、左翼もいることを無視してこんなバカを言う黒坂の方こそ「先人に対する評価」がゆがんでいます。

*5:「増えている」と見なす根拠は何でしょうか?

*6:自民党はともかく、黒坂らウヨの方こそ「首相靖国参拝実現」「河野談話撤回」「憲法九条改定」などの「右翼的野望」の実現がいつまで経っても出来ないくせに良くも言ったもんです。日本人の多くは黒坂のような極右よりは共産党の方をよほど評価してるでしょう。

*7:なお、この渡辺ツイートは単なる事実認識であって「そのような現状」への評価(例:天皇制廃止の展望が高まった)はしていません。

*8:そんなことは渡辺氏の指摘『御前会議を経なければ戦争は開始できず、天皇が御前会議メンバーである以上、天皇の同意がなければ戦争は出来ない→昭和天皇には戦争責任がある』と言う指摘に対する反論には何らなっていません。三流大学(大阪経済大学)とは言え、これが仮にも「大学教授の肩書きを持つ男の言うことか」と思うと呆れます。

*9:この辺りは山田朗氏の諸著作が詳しいですが、さすがの昭和天皇も当初は米国相手の戦争には躊躇していました。その彼に戦争を決意させたのは1)蒋介石政権転覆などという日本の野望は認めないというハルノートと、2)米国相手に戦争しても充分勝ち目がある(とはいえそれはベトナム戦争(米国がベトナムから撤退)やアフガン戦争(ソ連がアフガンから撤退)のような長期戦に日本が持ち込んで、米国の戦意を喪失させるという形の『引き分け狙いの勝利』ですが)という軍部の説明でした。なお、開戦決定後ですら、昭和天皇は、近衛文麿に『何があろうとお前は私と運命を共にする覚悟があるか(注:これと似たことは日露戦争の時に明治天皇伊藤博文に言ったそうですが)』と言うほど、敗戦の恐怖に怯えていたのは有名な話です(しかしその恐怖も、真珠湾攻撃勝利で雲散霧消しますが。その恐怖が復活するのはミッドウェー海戦敗北などで日本が敗退を重ね始めてからです)。

*10:この時は陸軍が「無条件降伏絶対反対」を主張し、事前の打ち合わせが成立しなかったため、会議当日に『天皇の聖断(天皇の権威)』で陸軍を政治的に屈服させる手法がとられました。「原爆投下」「ソ連参戦」の衝撃もあって陸軍中枢は和平派のこうした手法に対抗することが出来ず、降伏を飲む羽目になります。しかし一部の陸軍過激派は『降伏受諾』を否定し、失敗に終わりますが、クーデターを起こそうとします。そのクーデター未遂を描いたのが岡本喜八監督によって映画化された、半藤一利『日本のいちばん長い日』(文春文庫)です。あのクーデター計画が失敗したのも「大元帥昭和天皇」に絶大な権威、権力があったからであり、『軍部の反対が怖くて終戦を言い出せなかった(昭和天皇)』などというのは大嘘でしかありません。

*11:工部卿宮内卿、首相、貴族院議長、枢密院議長、韓国統監など歴任。元老の一人

*12:陸軍卿、内務卿、第1次伊藤、黒田内閣内務相、首相、第2次伊藤内閣司法相、枢密院議長、参謀総長など歴任。元老の一人。

*13:参議、第二次伊藤、第二次松方、第一次大隈内閣内務相など歴任

*14:参議、司法卿など歴任。佐賀の乱で死刑判決。

*15:参議、工部大輔、黒田、第一次山縣、第一次松方内閣逓信相、第二次伊藤内閣農商務相など歴任

*16:参議、陸軍大将、近衛都督を歴任。西南戦争で戦死。

*17:参議、外務卿、第一次松方内閣内務相など歴任

*18:反対派にとって有利だったのは、明治天皇と親密な関係である有力公家(岩倉と三条)がメンバーだったことです。

*19:右大臣、外務卿など歴任

*20:参議、大蔵卿、内務卿など歴任。紀尾井坂の変で不平士族に暗殺される。

*21:参議、文部卿、内務卿など歴任

*22:太政大臣内大臣など歴任