今日のロシアニュース(2022年12月22日分)(副題:ロシアと米国のバーター取引)

ロシアの「最悪の武器商人」が釈放、人質交換は「危険すぎる悪手」|ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト2022.12.12

筆者:マイケル・ブラウン
 ロシアで有罪判決を受けて収監されていた米女子プロバスケットボール選手ブリトニー・グライナーと、武器密輸に関与した罪でアメリカで収監されていたロシアの武器商人ビクトル・ボウトの「人質」交換が成立し、それぞれ12月8日に釈放された。
 ボウトがどれほど危険な存在か、彼の釈放がアメリカの国家安全保障にどれほどの損害を与えるのか*1アメリカはいま一度考えるべきだった。
 私は政府機関で過ごした35年間のうち、最後の4年である2004年から08年まで、麻薬取締局(DEA)で作戦本部長を努め、ボウトの逮捕と投獄につながった作戦を監督した。
 2012年に米連邦裁判所は、FARCコロンビア革命軍*2)に携帯式防空ミサイルなど数百万ドル相当の武器を売る取引に関与したとして、禁錮25年を言い渡した。
 ボウトの釈放は、ロシアや他のならず者政権がアメリカ人を人質にする手法を助長するだろう。
 法執行機関で働いていた私は、グライナーやウィーランがどんなことに耐えてきたのかを知っている。彼らや彼らの家族には心から同情するし、彼らを帰国させたいという政府関係者の思いも分かる。しかし、ボウトをロシアの手に渡す前に、この交換がアメリカの国益にもたらす脅威について考えるべきだった。

 
 「米国版・ダッカ事件」での「米国版・超法規的措置」に対する「拉致被害者帰国の為でもバーター取引はできない」に似た「バスケ選手解放のためにロシアと取引はできない」というロシア版「巣くう会主張(バーター取引否定)」といっていいでしょう。
 ただの言いがかりでしかない巣くう会とは違い「一定の正当性はある」。特に「ボウトの逮捕や訴追」に関わった人間なら「俺の行為は無駄だったのか」という徒労感も感じるでしょう。
 何せ早速、ロシアで以下のような動きです。

ロシア武器商人の釈放、プーチン大統領の勝利=国営メディア | ロイター2022.12.9
 ロシアの国営メディアは9日、同国の武器商人ビクトル・ボウト受刑者と米女子バスケットボール選手の囚人交換について、プーチン大統領が「勝利した」と報じた。
 ロシア下院議員マリア・ブティナ氏は国営テレビに「これは米国の降伏だ」と述べた。

ロシアの「死の商人」、米バスケ選手と身柄交換で解放後に活動活発化 : 読売新聞オンライン2022.12.19
 武器商人のビクトル・ボウト元受刑者が政治活動を活発化させている。右派「自由民主党」は、ボウト氏が17日にロシアが一方的に併合したウクライナ東部ルハンスク州を訪れ、党支部設立に関連する式典に出席したと発表した。

 12/21(水)のTBSラジオ森本毅郎スタンバイ」の「日本全国8時です」でも水曜日コメンテーター・伊藤芳明*3も同様の懸念を述べていました
 なお、ニュースウィーク日本版が挙げてない懸念としては伊藤氏は『バイデンが勝手にプーチンと停戦合意等に動くかもしれない』という「ウクライナNATO加盟国(英仏独など)の不信」の助長を上げていました。
 そうした伊藤氏の懸念もわかりますが、とはいえ、この取引の是非はともかく「交渉の最終局面(解放実現の直前)」では「ウクライナ等」に対して、田中均元外務省アジア大洋州局長が、日朝首脳会談直前に米国高官に会談についての事前通告をしたことを認めた(高世仁とか家族会ほかの面々は、どんだけ馬鹿なのかと思う) - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)が紹介する田中均氏の「米国政府への小泉訪朝の事前説明」のように「事前説明」し不信の解消に努め、ウクライナなども「内心はともかく」不承不承であれ、米国の解放に同意したのでは無いか。
 勿論そうした懸念があるとは言え、「グライナー選手解放にはバーター取引以外に手が無かった」でしょうからニューズウイーク日本版の主張は「グライナー選手や家族、知人友人、ファンなどのつらい気持ちは分かる」等と言い訳していますが、客観的には「グライナー選手を見殺しにしろ」「懲役9年を甘受しろ」「ウクライナ問題で米露対立というこんな時期にロシアに行くグライナー選手の自己責任だ*4」でしかないでしょう。「自己責任だ」で「見殺し」でいいのかと思いますし、少なくともバイデン政権と「この件でバイデン政権に肯定的とされる米国多数派(国民やメディアの多数)」はそういう立場では無いわけです(勿論、共和党など取引批判派もいますが)。
 勿論「バーター取引」に米国多数派が好意的な理由の一つはグライナーが「2016年リオ五輪」「2020年東京五輪」での女子バスケ金メダリストという「スポーツ英雄」であることは大きいでしょう。日本でもグライナーレベルの「五輪金メダル」「世界選手権金メダル」などのスポーツ英雄(例は誰でもいいが、例えば伊調馨*5、羽生弓弦*6)が身柄拘束されれば同様の反応では無いか。
 それとも日本だと「米国と違い」スポーツ英雄だろうと平気で見殺しにするのか?

*1:つまり、また武器商人として復帰、暗躍し、米国に被害を与えるのでは無いかと言うこと。勿論「米国による再逮捕」を彼本人やロシア政府が恐れて、彼自身はそうした政治工作からは離れて「ロシアに隠居」する可能性もありますが

*2:1964年に結成されたコロンビアの反政府武装組織。FARC主流派は2016年に政府と戦闘終結で合意して武装解除し、2017年以降はFARCという名称はそのままで合法政党に移行し、2021年に「Comunes」へ改称。但し、和平合意に反対した少数派が今も武装闘争を継続(コロンビア革命軍 - Wikipedia参照)

*3:毎日新聞カイロ支局特派員、ジュネーブ支局特派員、ワシントン特派員、外信部長、東京本社編集局長、専務・主筆等を経て、現在、論説特別顧問。「日本全国8時です」では国際ニュースの解説をしている。著書『アラブ:戦争と生活』(1991年、岩波書店)、『ボスニアで起きたこと:「民族浄化」の現場から』(1996年、岩波書店)、『一目でわかる国際紛争地図』(2002年、ダイヤモンド社)など

*4:「ロシアのウクライナ侵攻」は「2022年2月24日」なので「グライナーがロシア警察に逮捕された2022年2月17日(侵攻の約1週間前)」にはまだロシアはウクライナに侵攻していなかったが、勿論、2月17日時点で、バイデン米国大統領、ゼレンスキー・ウクライナ大統領などは「ロシアの侵攻の危険性」を公言していました。

*5:2004年アテネ五輪、2008年北京五輪、2012年ロンドン五輪女子レスリング・フリースタイル63キロ級金メダル。2016年リオ五輪女子レスリング・フリースタイル58キロ級金メダル。2016年に国民栄誉賞受賞

*6:2014年ソチ五輪、2018年平昌五輪男子フィギュアスケート金メダル。2018年に国民栄誉賞受賞