戦後80年の「石破見解」をめぐって④ - 高世仁のジャーナルな日々
高世仁に突っ込む(2025年8/2日分)(副題:環境問題や国際問題に関心がなさ過ぎるアホの日本人&未だに三浦小太郎を褒める高世に呆れる) - bogus-simotukareのブログが長くなってきたので新たに記事を書きます。
高世仁に突っ込む(2025年8/2日分)(副題:環境問題や国際問題に関心がなさ過ぎるアホの日本人&未だに三浦小太郎を褒める高世に呆れる) - bogus-simotukareのブログで触れた戦後80年の「石破見解」をめぐって② - 高世仁のジャーナルな日々の続きです。
トランプとプーチンの首脳会談に反対する緊急行動が世界で行われている。
チェコ・プラハのアメリカ大使館前での抗議行動では、ナチスドイツによるチェコ・ズデーデン併合を認めた1938年のミュンヘン協定の過ちを繰り返さないよう訴えたという。
東京でも「ウクライナの頭越しに決めるな! 米ロ首脳会談に抗議する!8.15米国大使館緊急行動」(ウクライナ民衆連帯募金が呼びかけ)があったので参加してきた。
東京の集会はともかく、チェコの抗議行動は過ちを繰り返さないよう訴えたのなら「会談はしてもいいが、不当な米露合意には反対」であって「会談に反対」ではないのではないか。
なお、俺個人は「ウクライナの意思を無視した米露合意」をし「それをウクライナに押しつける」のならともかく「会談それ自体」には反対しません。
まあ、「ロシアに融和的な、そしてウクライナを見下してるとしか思えないトランプでは酷い結果になりかねない」と言う危惧は勿論ありますが、会談自体は認めてもいいのではないか。
会談結果(米露合意)が酷ければそれを批判すればいいのではないか。
会談結果が自動的に「米国の政府決定」となり、それをウクライナやNATO諸国も呑まないといけないと言う話ではないのではないか。
あまりにも酷ければ、野党民主党やマスコミも批判するでしょうし、場合によっては共和党からも批判が出るかもしれない。
「ウクライナやNATO諸国に呑む義務は恐らくない」以前に「米国の政府決定」として米国民にそもそも受け入れられるかどうか。
「総力戦研究所」の「必敗」予測が話題になっている。今朝の朝日新聞朝刊は一面と二面を使って特集している。
「対米必敗」予想していた80年前の敗戦 それでも戦争を選んだ日本 [戦後80年 終戦の日 被爆80年]:朝日新聞2025.8.15
なぜ総力戦研究所の「必敗予測」が無視されたのか。
重要なのはそこでしょう。
私見ではそれは「必敗予測を認めたら、日本軍の中国からの撤退*1、蒋介石政権の打倒断念(蒋介石政権を中国の唯一の正統政権と認めること:つまりは日本が後ろ盾になって樹立した汪兆銘政府の否定)を要求するハルノートを呑まざるを得ないから」でしょう。
ハルノートを呑まないとなったらそれは「日米開戦」以外に道が無かった。
ハルノートを呑まなければ「くず鉄、石油禁輸」は解除されず、そして禁輸が続けば日中戦争遂行に支障を来すからです。
ハルノートを呑まなければ石油不足で「日中戦争」は挫折する可能性が高い。
しかしハルノートを呑んだら日中戦争は日本の敗北で終わる。「日本軍が撤退」したら汪兆銘政権は英米の支援を受けた蒋介石政権の侵攻によって早晩崩壊するでしょう。
ここで「日中戦争は日本の敗北でも仕方が無い。ハルノートを受諾して中国から軍を撤退しよう」という立場に日本政府は立てなかった。
その結果、ハルノートを呑まないと決めた日本は
1)石油不足を解消するために油田があるインドネシアを侵攻する
2)日本の言い分を米国に呑ませるため、米国相手に開戦する
と言う方向に進んでいきます。
「必敗予測」が「一つの予測に過ぎない」「勝利の可能性も十分にある」として、無視されたことを「愚かだ」というのはその通りですが、それだけでは不適切である。
「日中戦争は日本の敗北でも仕方が無い。ハルノートを受諾して中国から軍を撤退しよう」という立場に日本政府が立てなかったことが最大の問題だったわけです。
この点は「必敗の予測」をした人間達ですら「日中戦争は日本の敗北でも仕方が無い。ハルノートを受諾して中国から軍を撤退しよう」といえたかどうか疑問でしょう(仮にそう思ったとしても、多数派は「中国からの軍撤退反対」なので言える状況にない)。
これについては拙記事新刊紹介:「歴史評論」2025年9月号 - bogus-simotukareのブログで◆日本外務省と9カ国条約(樋口真魚)を論じた際にも同様のことを書いていますが。
上述の対米戦シミュレーションの論じられ方には問題もあると思う。対米戦のみに焦点が当てられ、その前提となった中国への侵略とそこでの消耗戦というよりスパンの長い戦争を問題にしていない。
高世の言うとおりで「対米戦必敗予測」はその通りですが、実は「対中戦」すらも「消耗戦」「泥沼状態」で勝てるか分かりませんでした。
そしてなぜ対米戦になったのかと言えば、繰り返しになりますが「ハルノートが日本軍の中国からの撤退、蒋介石政権の打倒断念(蒋介石政権を中国の唯一の正統政権と認めること:つまりは日本が後ろ盾になって樹立した汪兆銘政府の否定)を要求し、それを日本が拒否した」からです。
対米戦争(太平洋戦争)と対中戦争(日中戦争)は密接に関係しており、切り離すことはできません。
いつまでも「先の大戦」といい続け、あの戦争に名前を付けられないでいる日本の宿痾である。
ここは「はあ?」「お前(高世)はアホか(横山ホットブラザーズ)」ですね。
あの戦争には
【日中戦争:刊行年順】
◆臼井勝美*2『日中戦争(新版)』(2000年、中公新書)
◆小林英夫*3『日中戦争:殲滅戦から消耗戦へ』(2007年、講談社現代新書→2024年、講談社学術文庫)
◆笠原十九司*4『日中戦争全史 (上)(下)』(2017年、高文研)
◆井上寿一*5『日中戦争:前線と銃後』(2018年、講談社学術文庫)
【太平洋戦争:刊行年順】
◆児島襄*6『太平洋戦争 (上)(下)』(1965年、中公新書)
◆家永三郎*7『太平洋戦争』(2002年、岩波現代文庫)
【アジア・太平洋戦争(いわゆる太平洋戦争と恐らく同義だが、太平洋戦争が『インパール作戦(インドで英国軍と戦闘)』など太平洋と呼べない場所も戦場としたため『太平洋戦争』呼称は不適切と考える人間がこう呼ぶ):刊行年順】
◆吉田裕*8『アジア・太平洋戦争』(2007年、岩波新書)
◆山中恒*9『アジア・太平洋戦争史』(2015年、岩波現代文庫)
ということでちゃんと「日中戦争(中国相手の戦争)」「太平洋戦争または、アジア太平洋戦争」といった呼び方が学者によって付いています。
単に自民党首相が「先の大戦」などぼかした言い方をしたがるだけに過ぎません。大体そんなことと、マスコミ報道で「対米国戦ばかりが重視され、対中国戦が軽視されること」と何の関係があるのか?。何の関係もないでしょう。
「東京大空襲など本土空襲」「広島、長崎への原爆投下」など「わかりやすい被害」を「銃後の日本国民」に与えた「米国との戦争」は「負けた」感が強いが、そのような「わかりやすい被害」を「銃後の日本国民」には与えなかった「中国との戦争」は「負けた」感が少なく、ウヨを中心に「米国には負けたが、中国には負けてない」「対米戦争は間違っていたが対中戦争に問題は無かった」という感覚が強いだけの話です。
しかし
1)日中戦争は泥沼化しており日本が勝てたか分からない
2)中国支援(日本軍の中国からの撤退要求)を、米国がハルノートで打ち出したこと(そして米国の要求を日本が拒否したこと)で対米戦争になった(日中戦争を続ける限り対米戦争は不可避)
と言う意味で「米国には負けたが、中国には負けてない」と言う認識は大きく間違っています。
これについては拙記事新刊紹介:「歴史評論」2025年9月号 - bogus-simotukareのブログで◆日本外務省と9カ国条約(樋口真魚)を論じた際にも同様のことを書いていますが。
なお、「小国ウクライナに大国ロシアが侵攻し、米国がウクライナを支援」という構図は単なる偶然ですが「中国(日本に比べれば当時は軍事小国)に大国日本が侵攻し米国が中国を支援」と言う構図に似ているとは思います。
違いがあるとすれば、
1)少なくとも現時点ではロシアは「戦前日本と違い、米国の経済制裁を受けても戦争遂行が可能」であり、日米戦争のような「米露戦争」がありそうにないこと
2)太平洋戦争開戦時点で「米国の勝利(ひいては中国の勝利)」は確実視されたが、ウクライナ戦争は終わりが見えないこと
でしょう。
*1:これが「満州国の否定(満州国からの日本軍撤退)」を意味するかどうかについては論争がありますが、「汪兆銘政府の否定(汪兆銘政府支配地域からの日本軍撤退)」を意味することについては論争はありません。そしてそれは当時の日本政府にはのめない要求でした。
*2:1924~2021年。筑波大学名誉教授。著書『日中外交史:北伐の時代』(1971年、塙新書)、『日本と中国:大正時代』(1972年、原書房)、『満州事変』(1974年、中公新書→2020年、講談社学術文庫)、『中国をめぐる近代日本の外交』(1983年、筑摩書房)、『満洲国と国際連盟』(1995年、吉川弘文館)等
*3:早稲田大学名誉教授。著書『戦後日本資本主義と「東アジア経済圏」』(1983年、御茶の水書房)、『昭和ファシストの群像』(1984年、校倉書房)、『大東亜共栄圏』(1988年、岩波ブックレット)、『東南アジアの日系企業』(1992年、日本評論社)、『日本軍政下のアジア:「大東亜共栄圏」と軍票』(1993年、岩波新書)、『日本株式会社を創った男:宮崎正義の生涯』(1995年、小学館)、『満鉄』(1996年、吉川弘文館)、『日本のアジア侵略』(1998年、山川出版社世界史リブレット)、『日本企業のアジア展開』(2000年、日本経済評論社)、『戦後アジアと日本企業』(2001年、岩波新書)、『産業空洞化の克服』(2003年、中公新書)、『日中戦争と汪兆銘』(2003年、吉川弘文館)、『帝国日本と総力戦体制』(2004年、有志舎)、『満州と自民党』(2005年、新潮新書)、『満鉄調査部』(2005年、平凡社新書→2015年、講談社学術文庫)、『満鉄調査部の軌跡:1907~1945』(2006年、藤原書店)、『BRICsの底力』(2008年、ちくま新書)、『〈満洲〉の歴史』(2008年、講談社現代新書)、『ノモンハン事件』(2009年、平凡社新書)、『アジア自動車市場の変化と日本企業の課題』(2010年、社会評論社)、『満鉄が生んだ日本型経済システム』(2012年、教育評論社)、『「大東亜共栄圏」と日本企業』(2012年、社会評論社)、『自民党と戦後史』(2014年、KADOKAWA)、『関東軍とは何だったのか:満洲支配の実像』(2015年、KADOKAWA)、『甘粕正彦と李香蘭』(2015年、勉誠出版)、『満洲国を産んだ蛇:関東州と満鉄附属地』(2023年、KADOKAWA)等
*4:都留文科大学名誉教授。著書『アジアの中の日本軍』(1994年、大月書店)、『日中全面戦争と海軍:パナイ号事件の真相』(1997年、青木書店)、『南京事件と三光作戦』(1999年、大月書店)、『南京事件と日本人』(2002年、柏書房)、『南京難民区の百日:虐殺を見た外国人』(2005年、岩波現代文庫)、『南京事件論争史』(2007年、平凡社新書→増補版、2018年、平凡社ライブラリー)、『「百人斬り競争」と南京事件』(2008年、大月書店)、『日本軍の治安戦』(2010年、岩波書店→2023年、岩波現代文庫)、『第一次世界大戦期の中国民族運動』(2014年、汲古書院)、『海軍の日中戦争:アジア太平洋戦争への自滅のシナリオ』(2015年、平凡社)、『憲法九条と幣原喜重郎』(2020年、大月書店)、『日中戦争全史 (上)(下)』、『通州事件』(2022年、高文研)、『憲法九条論争:幣原喜重郎発案の証明』(2023年、平凡社新書)、『南京事件(新版)』(2025年、岩波新書)等
*5:学習院大学教授。著書『アジア主義を問いなおす』(2006年、ちくま新書→増補版、2016年、ちくま学芸文庫)、『昭和史の逆説』(2008年、新潮新書)、『吉田茂と昭和史』(2009年、講談社現代新書)、『山県有朋と明治国家』(2010年、NHKブックス)、『戦前昭和の社会 1926-1945』(2011年、講談社現代新書)、『戦前日本の「グローバリズム」:一九三〇年代の教訓』(2011年、新潮選書)、『戦前昭和の国家構想』(2012年、講談社選書メチエ)、『政友会と民政党』(2012年、中公新書)、『理想だらけの戦時下日本』(2013年、ちくま新書)、『第一次世界大戦と日本』(2014年、講談社現代新書)、『終戦後史1945-1955』(2015年、講談社選書メチエ)、『昭和の戦争:日記で読む戦前日本』(2016年、講談社現代新書)、『教養としての「昭和史」集中講義』(2016年、SB新書)、『戦争調査会』(2017年、講談社現代新書)、『機密費外交:なぜ日中戦争は避けられなかったのか』(2018年、講談社現代新書)、『論点別昭和史:戦争への道』(2019年、講談社現代新書)、『はじめての昭和史』(2020年、ちくまプリマー新書)、『広田弘毅』(2021年、ミネルヴァ日本評伝選)、『戦争と嘘:満州事変から日本の敗戦まで』(2023年、ワニブックスPLUS新書)『新書・昭和史』(2025年、講談社現代新書)等
*6:1927~2001年。著書『東京裁判 (上)(下)』 (1971年、中公新書)、『史説山下奉文』(1979年、文春文庫)、『史録日本国憲法』(1986年、文春文庫)、『天皇と戦争責任』(1991年、文春文庫)、『平和の失速:大正時代とシベリア出兵』(1995年、文春文庫)等
*7:1913~2002年。東京教育大学名誉教授。著書『戦争責任』(2002年、岩波現代文庫)、『一歴史学者の歩み』(2003年、岩波現代文庫)等
*8:一橋大学名誉教授。著書『天皇の軍隊と南京事件』(1985年、青木書店)、『昭和天皇の終戦史』(1992年、岩波新書)、『現代歴史学と戦争責任』(1997年、青木書店)、『日本の軍隊:兵士たちの近代史』(2002年、岩波新書)、『日本人の戦争観』(2005年、岩波現代文庫)、『現代歴史学と軍事史研究』(2012年、校倉書房)、『日本軍兵士:アジア・太平洋戦争の現実』(2017年、中公新書)、『日本人の歴史認識と東京裁判』(2019年、岩波ブックレット)、『兵士たちの戦後史』(2020年、岩波現代文庫)、『続・日本軍兵士:帝国陸海軍の現実』(2025年、中公新書)等
*9:著書『子どもが<少国民>といわれたころ:戦中教育の裏窓』(1982年、朝日選書)、『子どもたちの太平洋戦争』(1986年、岩波新書)、『ボクラ少国民と戦争応援歌』(1989年、朝日文庫)、『暮らしの中の太平洋戦争』(1989年、岩波新書)、『新聞は戦争を美化せよ!:戦時国家情報機構史』(2001年、小学館)、『すっきりわかる「靖国神社」問題』(2003年、小学館)、『戦争ができなかった日本:総力戦体制の内側』(2009年、角川oneテーマ21)、『戦時児童文学論』(2010年、大月書店)、『少国民戦争文化史』(2013年、辺境社)、『靖国の子:教科書・子どもの本にみる靖国神社』(2014年、大月書店)、『「靖国神社」問答』(2015年、小学館文庫)、『戦時下の絵本と教育勅語』(2017年、子どもの未来社)、『山中恒と読む修身教科書:戦時下の国体思想と現在』(2019年、子どもの未来社)等