kojitakenに突っ込む(2025年10/15分)(追記あり)

「公明票は大きいんですよね。国会の議席数や支持率からは見えないような大きさがあります。」(三春充希氏のXより) - kojitakenの日記
 参政党に甘い反党分子「広原盛明」に悪口する(2025年10/13日分) - bogus-simotukareのブログで「維新を停滞組」「共産を凋落組」に入れた広原について、「むしろ共産は停滞組、維新は凋落組ではないか」と書きましたが、「公明票は大きいんですよね。国会の議席数や支持率からは見えないような大きさがあります。」(三春充希氏のXより) - kojitakenの日記が紹介する三春氏Xに寄れば、NHK調査で「共産 2.6%>維新1.7%>れいわ 1.2%」でついに維新が「共産>維新」となりました。
 【1】維新が減った分が「参政や国民民主、自民に向かってること」、【2】その結果、参政や国民民主の支持が未だ高く、立民と支持率争いをしていること(とはいえ三春ツイートに寄れば、国民民主や参政に一時の勢いがなくなってきた*1)、【3】共産の支持率が大幅に増えないこと(微減、微増はあるが、ほぼ横ばい)であること、【4】ついに社民(0.2%)が保守党(0.7%)だけでなく、チームみらい(0.4%)にまで支持率で抜かれたこと(日本社会の右傾化?)、【5】自民の支持率が28%もあること(野党の合計では野党>自民だが、今回、最も支持率が高い国民民主でも7.3%に留まる)、【6】最も多いのが支持政党なし(34%)であることにはげんなりしますが維新の衰退はグッドニュースではあります。大阪はともかく、他は強固な基盤などなく「勝ち馬に乗りたい→維新入り」ばかりでしょうから、参政や国民民主に支持を食われて、どんどん衰退していくのではないか。 
 特に衝撃なのはNHK調査で「前回3.6%→今回1.9%」と「ほぼ半減してること」ですね。ここまで支持率ががた落ちしてるのは維新以外では「前回0.8%→今回0.2%(1/4に減)の社民」だけです。

 NHK世論調査では公明党の連立離脱を評価する意見が3分の2を占める。

 これが
【1:アンチ自民や野党支持の場合】
1-1)「これで自民の政権下野の可能性が出てきた。公明の連立離脱万々歳」
1-2)「これで自民が下野しなくても今まで程好き勝手できなくなるだろう、公明の連立離脱万々歳」
【2:自民支持の場合】
2)「これで自民が、立場の近いウヨ政党の維新や国民民主を抱き込み、公明のような中道政党に遠慮することなく右翼政治が出来る、公明の連立離脱万々歳」
のどれなのかによって意味は全く違ってきます。

 もっとも公明離脱を評価するのは私のような反自民の人間ばかりではなく、新自由主義右翼らの「公明党が去ってくれた。万歳!」という意見も含まれるのだろうが。

とkojitakenが書くように「どの程度の割合なのか」はともかく、おそらく1)、2)両方ともあるのでしょうが。

 野党は数合わせと言われようが別の組み合わせを提示しないわけにはいかない。

 玉木首班とか変な組み合わせを出すくらいなら、「他党の支持が得られなくても」最大野党の立民が「野田代表の名前を書く」で、俺は全くいいんですけどね。
 俺には「細川*2内閣(在職263日)、羽田内閣(在職64日)」が短命に終わったことがトラウマで「変な組み合わせで、非自民政権が短命に終わる(結果的に自民を利する)」くらいなら、自民政権のママで言いと思いますがkojitakenは違うようです。
【追記】 
 勿論「細川、羽田内閣と違い、リアルタイムで経験してない(俺は1970年代生まれ)」ので忘れてました*3が、その後吉田内閣が再登場した

【記述はウィキペディア参照】
◆片山内閣(1947~1948年:在職292日)
 社会党の片山委員長が首相、西尾*4書記長(社会党ナンバー2)が官房長官民主党*5の芦田*6総裁が副総理・外相、国民協同党*7の三木*8委員長(後に自民党総裁、首相)が逓信相の三党(社会党民主党国民協同党)連立内閣。
 片山内閣に批判的な社会党左派(例えば社会党左派は、平野力三農林相が更迭されると、社会党左派で農林族議員(日本農民組合副委員長)の野溝勝*9衆院農林委員長を後任農林相に推薦したが、民主党国民協同党の反発を恐れた片山首相に拒否され、社会党中間派の波多野鼎を農林相に任命したことに強く反発)が政府予算否決に投票したことで、民主党の芦田外相、国民協同党の三木委員長が社会党左派を除名するよう片山首相に主張したが、片山(社会党右派)はそれに応じず内閣総辞職
◆芦田内閣(1948年:在職220日)
 民主党の芦田総裁が首相(外相兼務)、社会党の西尾書記長(ナンバー2)が副総理、国民協同党の船田享二*10政調会長が行政管理庁*11長官の三党(社会党民主党国民協同党)連立内閣。
 片山内閣崩壊を招いた左派の反発を抑えるため、左派から野溝勝(地方財政委員会委員長(後の自治相に該当))、加藤勘十(労働相)を入閣させた。
 しかし昭和電工事件で西尾副総理(後に無罪判決)が逮捕されたことで内閣総辞職

も短命に終わった連立内閣ですね(当時は自民党(1955年結党)は存在せず、存在したのは自民党の前身政党である吉田茂*12自由党ですが)。
 この連立失敗のダメージもあってか社会党はその後「最大野党だが政権が獲得できる議席数にはいかない(自民党がずっと政権与党)」という状況が長く続きます。
【追記終わり】

 こういう事態が起き得ることは全く予想できなかったことでもない*13のだから、各野党は常日頃から「いつ何時自分たちに政権が任される日が来るかもしれない」と考えて政策を練らなければならなかった

 一応何処の党も少なくとも建前では「いつ何時自分たちに政権が任される日が来るかもしれない」と考えて政策を練ってるんですがね。
 但し、連立政権なんか通常考えないという話です。特に共産、社民なんか「ウヨの維新や国民民主」と手が組めるか!、と言う話です。
 維新や国民民主だって、つい最近まで自民にすり寄って、「共産、社民と野党共闘する立民」に悪口してたわけで「野合で立民と手を握るのか?」と言う話です。まあ、維新や国民民主が自民と手を握る可能性も当然ありますが。
 自民党は「新自由クラブ(中曽根*14内閣時代:新自由クラブ代表の河野洋平*15が科技庁長官で入閣など)」「新党さきがけ(橋本*16内閣時代:新党さきがけから菅直人*17厚生相、田中秀征*18経企庁長官が入閣)」など右派政党との連立は既に過去にやっていますし、右派政党(維新、国民民主など)と連立しても何ら不思議ではない。

 立民は早く首班指名の対象を玉木雄一郎から斉藤鉄夫*19に切り替えなければならない。

 「おいおい(呆)」ですね。
1)長く「自民の悪政」の共犯者だった「変節の党(自民と手を組むために『クリーンな党』の看板を捨ててモリカケ桜の腐敗政治家・安倍をかばい、『護憲の党』の看板を捨てて、安倍の「違憲立法」安保法成立に加担)」公明の幹部を最近、連立離脱しただけで高評価して首相候補にしていいのか
2)そんなことが日本国民の支持を得られるのか
3)そもそも立民、維新、国民民主の三党が公明を担げるのか
と言う問題もありますがそれ以前に公明がそんな話は辞退するでしょう。
 自民と「野党三党(立民、維新、国民民主)」を天秤にかけて美味しい方に乗るというのが「コウモリ政党」公明党のやり口でしょう。
 当然ながら「自民と再連立」であれ「野党三党に相乗り」であれ「いざとなったら逃げられるようにする(連立離脱できる)」のが公明にとってベストであり、首相になったら逃げられなくなります。

 最大の懸念は立民の長妻昭*20などが民民にすり寄ってか「立民の政策を変更することもあり得る」などと発言していることだ。玉木雄一郎なんかを担ごうとするからそんなことになる。
 長妻発言などにみられるのは、昨年の立民代表選で野田佳彦*21を選んでしまった弊害だ。立民も今年の自民と同様、党首の選択を誤った。

 kojitakenには「ヤレヤレ(呆)」ですね。 
 問題は野田を代表にしたことよりも

安保法制以降 歯止めなき大軍拡路線推進/廃止は今も熱い焦点/首相指名選挙巡り小池書記局長
 日本共産党小池晃書記局長は14日、国会内で記者会見し、臨時国会冒頭に予定される首相指名選挙への対応について、国民民主党玉木雄一郎代表が、立憲民主党に対し「安保法制の違憲部分の廃止」や「原発ゼロ」などの政策撤回を求めていることは「到底容認できない。」と批判しました。

といった批判が立民党内からまるで出てこないことでしょう。

枝野幸男*22立憲民主党 埼玉5区 衆議院議員
#今日の動画「尊敬する政治家は鈴木貫太郎*23です」
 政局は流動的で、正直なところ発信が難しい状況ですので、目先の判断を規定する大局的な考え方をテーマにしました

と言う枝野の逃げ腰ぶりには呆れますね。
 「(野田執行部の、国民民主、維新と手を組もうとし、共産や社民、れいわに距離を置く動きについて、意見を)今言わなくて何時言うの、今でしょ(林修風に)」でしょうに。

安保法制以降 歯止めなき大軍拡路線推進/廃止は今も熱い焦点/首相指名選挙巡り小池書記局長
 日本共産党小池晃書記局長は14日、国会内で記者会見し、臨時国会冒頭に予定される首相指名選挙への対応について、国民民主党玉木雄一郎代表が、立憲民主党に対し「安保法制の違憲部分の廃止」や「原発ゼロ」などの政策撤回を求めていることは「到底容認できない」と批判しました。

という小池書記局長とは「レベルが違いすぎて」話にならない「黙り」の「腰抜け枝野」です。
 結局「勝てそうな戦いしかやらない腰抜けのへたれ=枝野」なのでしょう。
 なお、自民と維新、連立見据え政策協議 高市氏が首相に選出される公算大 [高市早苗総裁 自民党総裁][自由民主党(自民党)][日本維新の会]:朝日新聞等が報じるように維新は高市と手を組む気のようです。
 kojitakenの心配した「玉木首相」はなさそうです(一方で彼が言い立てた斉藤首相もない)。
 これで「高市*24首相」はほぼ確実でしょう。「玉木の国民民主」や公明も維新に続いて自民支持に動くのではないか。
 結局、立民が面子を潰す(場合によっては世論調査での支持率も再び落とす。場合によっては国民民主や参政より低い支持率になる)だけの結果に終わりそうです。
 場合によっては「野田代表ら党執行部の引責辞任論」も出てくるのではないか。
 そして手を組む相手が事実上、共産しかないので「共産に頭を下げる」という「立民一人負け」の情けない状況になるのでしょう。
 これがまだ「我が党は勿論野田代表を立てる。他党は我が党を支持してくれ」という「毅然とした態度」だったらよかったのですがね。
 玉木にへいこらしたことによって「高市内閣成立」の場合「立民の政治力や定見の無さ」が露呈したと言っていいでしょう。

*1:にもかかわらず玉木に媚びる立民には呆れます。「国民民主7.3%>立民6.7%>参政6.3%(今回のNHK調査)」とはいえ、この程度の差は僅差であり、玉木に媚びるのは醜態と言うべきでしょう。

*2:1938年生まれ。熊本県知事、日本新党代表を経て首相

*3:片山、芦田内閣は77年前(1948年)なのでリアルタイムで経験してる人間は存命でも77歳以上ですが。

*4:1891~1981年。社会党書記長、片山内閣官房長官、芦田内閣副総理、民社党委員長を歴任

*5:後に国民協同党と合同して国民民主党。国民民主党は後に改進党、日本民主党を経て自民党

*6:1887~1959年。幣原内閣厚生相、民主党総裁、片山内閣外相、首相を歴任

*7:後に民主党と合同して国民民主党。国民民主党は後に改進党、日本民主党を経て自民党

*8:1907~1988年。国民協同党委員長、片山内閣逓信相、国民民主党幹事長、改進党幹事長、鳩山内閣運輸相、自民党幹事長(石橋総裁時代)、岸内閣科技庁長官(経企庁長官兼務)、池田内閣科技庁長官、自民党政調会長、幹事長(池田総裁時代)、佐藤内閣通産相、外相、田中内閣副総理・環境庁長官等を経て首相

*9:1898~1978年。政治家として衆院農林委員長、左派社会党書記長、芦田内閣地方財政委員会委員長(後の自治相に該当)等を歴任。また農業活動家として日本農民組合副委員長、全日本農民組合連合会(日本農民組合の後継組織:社会党→立民党、社民党系)会長等を歴任(野溝勝 - Wikipedia参照)

*10:戦後、公職追放中の兄・船田中鳩山内閣防衛庁長官自民党政調会長(岸総裁時代)、衆院議長、副総裁(福田総裁時代)等を歴任。船田元自民党衆院議員の祖父)の代理として地盤を引き継ぎ、1946年栃木1区から衆院選挙に立候補し以後、3回当選。1951年、兄の追放解除を受けて、政界を引退(船田享二 - Wikipedia参照)

*11:総務庁を経て現在は総務省

*12:1878~1967年。戦前、天津総領事、奉天総領事、スウェーデン公使、外務次官、イタリア大使、英国大使等を歴任。戦後、東久邇宮、幣原内閣外相を経て首相

*13:いや公明の政権離脱は、俺はほとんど予想してなかったですね。何せ麻生内閣時に民主党政権誕生で自民が下野しても「谷垣、安倍総裁」の自民と連立(?)し続けた公明ですから

*14:1918~2019年。岸内閣科技庁長官、佐藤内閣運輸相、防衛庁長官、田中内閣通産相自民党幹事長(三木総裁時代)、総務会長(福田総裁時代)、鈴木内閣行管庁長官等を経て首相

*15:1937年生まれ。新自由クラブ代表、中曽根内閣科技庁長官、宮沢内閣官房長官自民党総裁、村山、小渕、森内閣外相、衆院議長を歴任

*16:1937~2006年。大平内閣厚生相、中曽根内閣運輸相、自民党幹事長(宇野総裁時代)、海部内閣蔵相、自民党政調会長(河野総裁時代)、村山内閣通産相等を経て首相。首相退任後も森内閣行革相

*17:1946年生まれ。社民連副代表、新党さきがけ政調会長、橋本内閣厚生相、民主党幹事長(鳩山代表時代)、代表代行(小沢、鳩山代表時代)、鳩山内閣副総理・財務相、首相、立民党最高顧問等を歴任。著書『東電福島原発事故・総理大臣として考えたこと』(2012年、幻冬舎新書)、『民主党政権・未完の日本改革』(2021年、ちくま新書)、『市民政治50年:菅直人回顧録』(2024年、筑摩書房)等

*18:1940年生まれ。新党さきがけ代表代行、細川内閣首相特別補佐、橋本内閣経企庁長官等を歴任。著書『日本の連立政治』(1997年、岩波ブックレット)、『日本リベラルと石橋湛山』(2004年、講談社選書メチエ)、『小選挙区制の弊害 : 中選挙区連記制の提唱』(2024年、旬報社)等

*19:1952年生まれ。福田、麻生内閣環境相、岸田、石破内閣国交相等を経て公明党代表

*20:1960年生まれ。鳩山、菅内閣厚労相民主党代表代行(岡田代表時代)、民進党選対委員長(前原代表時代)、立民党選対委員長(枝野代表時代)、政調会長(泉代表時代)、代表代行(野田代表時代)等を歴任

*21:1957年生まれ。民主党国対委員長(前原代表時代)、鳩山内閣財務副大臣菅内閣財務相、首相、民進党幹事長(蓮舫代表時代)、立民党最高顧問等を経て立民党代表

*22:1964年生まれ。鳩山内閣行政刷新担当相、菅内閣官房長官、野田内閣経産相民主党幹事長(海江田、岡田代表時代)、民進党代表代行(前原代表時代)、立民党代表等を経て立民党最高顧問

*23:1868~1948年。海軍省人事局長、海軍次官連合艦隊司令長官、海軍軍令部長侍従長、枢密院議長、首相等を歴任

*24:1961年生まれ。第一次安倍内閣沖縄・北方等担当相、第三次安倍内閣総務相、岸田内閣経済安保等担当相、自民党政調会長(第二次安倍、岸田総裁時代)等を経て自民党総裁