安倍元総理はどうすれば守れたか?元陸上自衛隊 特殊作戦群 副中隊長 吉本正弘が語る警備警護体勢: 荒木和博BLOG
1時間の動画ですがさすがに見ません。
【1】そんなことは荒木らが活動目的とする「拉致被害者帰国」と何一つ関係ない
→この動画は荒木の団体「予備役ブルーリボンの会」の宣伝動画という建前です。
【2】「安倍の暗殺」が起こった最大の落ち度が、背後が誰でも通行でき、がら空きなのに「安倍の背後にまるで警護がなかったこと」は議論するまでもなく明白
【3】荒木らは「要人警備の専門家」でも何でもない
→素人の思いつき以上のことは何も言えないでしょう。というか安倍暗殺の最大の原因は【2】に書いたとおりですが
という意味で実に馬鹿馬鹿しい。
なお、
この事件、本質と関係ないところで大騒ぎになっていますが、もう一度落ち着いて考え直すべきだと思います。
の赤字部分は勿論予想通り「統一教会問題で安倍や自民党を批判するな」「国葬問題で安倍や自民党を(以下略)、国葬で何が悪い」と言う暴論です。
【1】そんなことは荒木らが活動目的とする「拉致被害者帰国」と何一つ関係ないし
【2】自民党シンパ(そして統一教会シンパ?)の荒木らが自民党批判を(そして統一教会批判も?)嫌ってるだけの馬鹿話です。
荒木和博 on Twitter: "令和4年9月2日金曜日「荒木和博のショートメッセージ」第871号。陸上自衛隊は帝国陸軍の伝統が消され、海上自衛隊は帝国海軍の伝統を受け継いでいます。なぜか、というお話しです。https://t.co/gw8KdZ7N5l @YouTubeより" / Twitter
陸軍の伝統が消えて海軍の伝統が残った理由(R4.9.2) - YouTube
6分57秒の動画です。「日本陸軍と陸上自衛隊」「日本海軍と海上自衛隊」など明らかに「拉致被害者帰国」と関係ないので見る気が失せます。
なお、荒木の主張が正しいかどうか知りませんが、「仮に正しいとして」そうなった理由は容易に想像がつきます。
東京裁判において海軍幹部は
【名前順】
◆岡敬純
太平洋戦争開戦当時の海軍次官。終身刑判決を受けるが後に仮釈放
◆嶋田繁太郎
太平洋戦争開戦当時の海軍大臣(東条内閣)。終身刑判決を受けるが後に仮釈放
◆永野修身
太平洋戦争開戦当時の軍令部総長。広田内閣海軍大臣。裁判中に病死。後に靖国に合祀
といった一部を除いて訴追されなかったのに対し陸軍は
【名前順】
◆荒木貞夫
犬養*1、斎藤*2内閣陸軍大臣、第一次近衛*3、平沼内閣文相など歴任。終身刑判決を受けるが後に仮釈放
◆板垣征四郎
関東軍高級参謀として満州事変に関与。関東軍参謀長、第一次近衛、平沼内閣陸軍大臣、朝鮮軍司令官、 第7方面軍(シンガポール)司令官など歴任。死刑判決を受け、後に靖国に合祀
◆梅津美治郎
関東軍司令官、参謀総長など歴任。終身刑判決で服役中に病死。後に靖国に合祀
◆大島浩
ドイツ大使館付武官、ドイツ大使など歴任。終身刑判決を受けるが後に仮釈放
◆木村兵太郎
太平洋戦争開戦当時の陸軍次官。関東軍参謀長、ビルマ方面軍司令官など歴任。死刑判決を受け、後に靖国に合祀
◆小磯國昭
陸軍次官、関東軍参謀長、朝鮮軍司令官、平沼、米内内閣拓務大臣、朝鮮総督、首相を歴任。終身刑で服役中に病死。後に靖国に合祀。
◆佐藤賢了
南支那方面軍参謀副長、陸軍省軍務課長、陸軍省軍務局長、支那派遣軍総参謀副長など歴任。終身刑判決を受けるが後に仮釈放。その後、東急管財(現・東急ファシリティサービス)社長を務めた。
◆鈴木貞一
第3軍参謀長、興亜院政務部長、企画院総裁(第二次、第三次近衛、東条内閣)、大日本産業報国会会長など歴任。終身刑判決を受けるが後に仮釈放
◆東條英機
太平洋戦争開戦当時の首相。関東憲兵隊司令官、関東軍参謀長、陸軍次官、陸軍航空総監、第二次、第三次近衛内閣陸軍大臣など歴任。死刑判決を受け、後に靖国に合祀。
◆土肥原賢二
奉天特務機関長、ハルピン特務機関長、陸軍航空総監、第7方面軍(シンガポール)司令官、陸軍教育総監など歴任。死刑判決を受け、後に靖国に合祀。
◆橋本欣五郎
陸軍内部の秘密結社「桜会」幹部。クーデター未遂事件である三月事件(浜口*4内閣を打倒し、宇垣一成*5内閣樹立を画策)、十月事件(第二次若槻*6内閣を打倒し荒木貞夫内閣樹立を画策)に関与。終身刑判決を受けるが後に仮釈放
◆畑俊六
台湾軍司令官、陸軍教育総監、中支那派遣軍司令官、侍従武官長、阿部*7、米内内閣陸軍大臣、支那派遣軍総司令官など歴任。終身刑判決を受けるが後に仮釈放
◆松井石根
南京戦当時の現地軍司令官(中支那方面軍司令官)。南京事件の責任を問われ、死刑判決を受け、後に靖国に合祀。
◆南次郎
満州事変当時の陸軍大臣(第二次若槻内閣)。参謀次長、朝鮮軍司令官、関東軍司令官、朝鮮総督など歴任。終身刑判決を受けるが後に仮釈放
◆武藤章
太平洋戦争開戦当時の陸軍省軍務局長。参謀本部作戦課長、中支那方面軍参謀副長、北支那方面軍参謀副長、近衛師団長、第14方面軍(フィリピン)参謀長など歴任。死刑判決を受け、後に靖国に合祀。
と多くの幹部が訴追されました。
そのことによって「陸軍のネガティブイメージ」が強かったのに対し、「海軍はそれほどでもなかった」。
こうした海軍善玉イメージ(海軍幹部の訴追が少なかったこと)としては「岡田啓介*8」「鈴木貫太郎*9」「米内光政*10」など複数の海軍幹部が戦争末期に「終戦の聖断」に動いたのに対して、「東条英機」が典型的ですが多くの陸軍幹部が「徹底抗戦」で動いたことが大きかったかと思います。
米国は「海軍幹部」に利用価値を感じる一方で「陸軍幹部」には利用価値を感じなかったし「誰かを訴追せざるを得ない」以上、陸軍を専ら訴追したと。
その結果、海上自衛隊は「過去の海軍イメージ払拭」の必要性をあまり感じなかったのに対し、陸上自衛隊は「過去の陸軍イメージ払拭」を自覚せざるを得なかったと言うことでしょう。
勿論、こうした「海軍善玉イメージ」については
◆笠原十九司『海軍の日中戦争:アジア太平洋戦争への自滅のシナリオ』(2015年、平凡社)などの批判があります。
なお、陸軍が専ら起訴され、海軍以外でも
【全て名前順】
【外務省】
◆重光葵
東条、小磯内閣外相。禁固7年。逆コースで公職追放が解除され政界に復帰。改進党総裁、日本民主党副総裁(鳩山総裁)、鳩山内閣外相を歴任
◆白鳥敏夫
イタリア大使。終身刑で服役中に病死。後に靖国に合祀。
◆東郷茂徳
東条、鈴木内閣外相。禁固10年で服役中に病死。後に靖国に合祀。
◆広田弘毅
斎藤、岡田内閣外相、首相など歴任。死刑判決を受け、後に靖国に合祀。
◆松岡洋右
第二次近衛内閣外相。裁判中に病死。後に靖国に合祀
【大蔵省】
◆賀屋興宣
第一次近衛、東条内閣蔵相。終身刑判決を受けるが後に仮釈放。公職追放も解除され政界に復帰。池田内閣法相、自民党政調会長(池田総裁時代)など歴任
◆星野直樹
満州国国務院総務長官、第二次近衛内閣企画院総裁、東条内閣書記官長など歴任。終身刑判決を受けるが後に仮釈放。その後、東京ヒルトンホテル副社長、旭海運社長、ダイヤモンド社会長など歴任
【内務省】
◆木戸幸一
第一次近衛内閣文相、厚生相、平沼内閣内務相、内大臣など歴任。終身刑判決を受けるが後に仮釈放。
【司法省】
◆平沼騏一郎
検事総長、大審院長、第二次山本内閣司法相、枢密院議長、首相、第二次近衛内閣内務相など歴任。終身刑判決で服役中に病死。後に靖国に合祀。
【民間】
◆大川周明
民間右翼。精神異常を理由に免訴
ということで陸軍に比べたら訴追者は少ない。