不運だったが不幸じゃない―冤罪被害者 桜井昌司さんの生き方 - 高世仁のジャーナルな日々
いま外務省は金正恩につながる有力な交渉ルートを持っていない。安倍、菅、岸田とどの政権*1も地道な交渉努力を怠ってきたツケがまわっている。ストックホルム合意のラインに立ち戻って、田中実さん、金田龍光さんの生存情報の確認から一歩一歩進めるべきではないか。
「外交ルートを築こうとした田中氏への救う会、家族会による個人攻撃→田中氏の退官」を容認した分際で良くも言ったモンです。
まさにそういうことであるなら、小泉元首相、田中均氏、蓮池透氏らに陳謝する用意くらいはあるんだろうな - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)です。
なお、この期に及んでも「田中氏らの生存情報確認」云々と言っても、「即時一括全員帰国ではなく一部帰国でもOK」「平壌に常駐事務所を置くべき」「バーター取引で制裁解除」と言えない点は所詮高世です。
先日、冤罪被害者を描いた『獄友たちの日々』という番組を久しぶりに再放送で観た。8月23日に76歳で亡くなった桜井昌司(しょうじ)さんの追悼放送だった。
高世は何故か放送局を書いていませんがNHK教育です(選「獄友たちの日々」 - ETV特集 - NHK)。
この番組のディレクター、金聖雄(キムソンウン)さんは桜井さんのその後を追った『オレの記念日』という映画を製作した。
ググったところ金氏の映画は他にも狭山事件を描いた『SAYAMA:みえない手錠をはずすまで』(2013年)、袴田事件を描いた『袴田巖:夢の間の世の中』(2016年)があるようです。
普通の人から見ますと、冤罪事件に巻き込まれて29年も刑務所にいたら、不幸だとか悲しいとかつらいとか思うんでしょうが、私の場合、幸いにも(ボーガス注:冤罪主張を支持する)善意の人に恵まれて、支えられて、幸せだったなあと思うことがたくさんあった。その体験が、私の人生を不運だったが不幸じゃないとそういう思いでいっぱいです。
冤罪主張を支持する人間がいてその力によって再審無罪が勝ち取れたことはせめてもの幸いでした。
関東大震災の虐殺100年によせて10 - 高世仁のジャーナルな日々
殺されたなかに、王希天というキリスト教徒の留学生がいた。大島町*2に中国人労働者の生活と権利擁護のために「僑日共済会」を設立して活動していた。1919年の「五四運動」を受けて東京で行われたデモのリーダーでもあり、警察に「反日の巨頭」とマークされるようになる。
王については以前リベラル21「関東大震災と中国人」をネタに「王希天」烈士について触れる - bogus-simotukareのブログで触れたのでこの機会に改めて紹介しておきます。
「他の中国人犠牲者」はともかく王については高世も書くように「中国人被害者の一人」と見るよりは「亀戸事件や甘粕事件で殺された左翼活動家達」のように「王個人が狙われた」と見るべきなのでしょう。
今年の5月23日、杉尾秀哉議員(立憲民主党)が国会内閣委員会で質問したが、警視庁*3・楠官房長は「政府として調査した限り、事実関係を把握できる記録は見当たらず、仮に指摘の資料を確認しても、内容を評価することは困難」とまったく無責任な答弁を行った。
さらに杉尾議員の再調査要求に対して、谷国家公安委員長(当時)は「さらなる再調査は考えていない」と答弁している。
安倍政権で「森友疑惑での財務省答弁」など無茶苦茶な答弁が、首相の命令でされたのと同じことが今も続いてるわけです。
岸田も「期待外れ」です。もう少しまともかと思っていましたが。
そして楠官房長もまさに高校生、大学生、警察庁に入庁したばかりの中村格が現在の自分を見たら、ああいうクズにだけはなりたくないと思ったろう - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)を真似すれば
でしょう。