「一国の人々を抹殺するための最初の段階は、その記憶を失わせることである」。
11日に死去したチェコスロバキア出身の作家、ミラン・クンデラ氏*1の短編集『笑いと忘却の書*2』には、こんな一節がある。
この書き出しで
連合国軍総司令部(GHQ)は占領下の日本で、新憲法の押し付けや日本らしさがない教育基本法の制定、公的機関による神道支援を禁じた神道指令*3など矢継ぎ早に手を打った。
とは呆れて二の句が告げません。クンデラに失礼です。むしろ後述する産経の「南京事件否定(中国)」「徴用工の違法性否定(韓国)」の方が一国の人々を抹殺するための最初の段階は、その記憶を失わせることであるに該当するでしょう。勿論中韓はそうした「記憶の抹殺」に抗議していますが。
それにしても産経は今も「教育勅語が法的に有効」で「政教分離されず、国家神道」の日本が良かったとでも言うのか。
そもそも国家神道など「明治以降に作られた物」で「江戸時代以前の神道と完全に無関係」ではないものの、日本の伝統とはとても言えません。むしろ「神仏集合」という「それ以前の神道の伝統」を「廃仏毀釈」で否定した国家神道こそが一国の人々を抹殺するための最初の段階は、その記憶(国家神道の場合、神仏習合)を失わせることであるに該当するのではないか。
なお、「米国の押しつけ」というなら「レッドパージ(共産党弾圧)」も押しつけですが産経は「自分に都合のいい押しつけ」は何ら批判しません。
また憲法において『「マッカーサー草案」では一院制だったが日本の反対で二院制が維持された』などがあり、憲法は単純な米国の押しつけではない。米国にとって絶対に譲れなかったのは「国民主権(天皇象徴)」「政教分離」「非軍事化(憲法九条)」であってそれ以外は譲歩したわけです。また「国民主権(天皇象徴)」「政教分離」「非軍事化(憲法九条)」がなければ、「ソ連や蒋介石中国」等が求める「昭和天皇戦犯訴追」を逃れることはとてもできなかったでしょう。産経の言う「押しつけ憲法」は「昭和天皇戦犯訴追」を逃れるための「取引材料」的要素があり単純に押しつけとは言えない。
また「独立回復後」は改憲したければいくらでも改憲できたわけで「改憲できなかった=自民支持層も含め国民多数が改憲を望まなかったこと」自体が押しつけ論の虚偽性を示しています。
なお、教基法は「第一次安倍政権時代」に改定されていますが、産経的には「あの改定では満足できない」んでしょうか?
NHKはゴールデンタイムのラジオ番組「真相はこうだ」で、南京大虐殺などは真実だと演出して流し続けた。
以前も拙記事賀茂道子『GHQは日本人の戦争観を変えたか:「ウォー・ギルト」をめぐる攻防』(2022年6月、光文社新書) - bogus-simotukareのブログで批判した「WGIP」という陰謀論ですが、産経は南京大虐殺が虚偽だとでも言う気なのか。それこそ完全なデマです。
そもそも南京事件は「東京裁判」で事実認定されてる(南京事件当時の現地司令官・松井石根に死刑判決)わけで、産経の「南京事件虚偽説」だと「東京裁判において米国や蒋介石中国」などが「明らかなデマを主張し、それを今も維持し続けてる」というおよそ「信用性のない話」になります。
あるいはユネスコが世界記憶遺産に「南京事件資料(中国の申請による)」を登録したこと(例えば南京大虐殺、記憶遺産に ユネスコが登録発表 - 日本経済新聞参照)も、産経の「南京事件虚偽説」だと「ユネスコが捏造に加担してる」というおよそ「信用性のない話」になります。
NHKには、そうした「戦後レジーム」の残滓(ざんし)がまだ根を張っているのか。長崎市の端島(通称・軍艦島)を取り上げた番組「緑なき島」で使用され、戦時中に朝鮮半島出身者が過酷な労働を強いられた姿を示すと流布された炭坑内の映像は、実は戦後の昭和30年製であることが判明した。
「再現映像」について、「リアルタイムの映像」と誤解される説明不足があった程度の話のようです。
少なくとも産経のように「捏造」と非難できる話ではない。「根拠のある再現映像」は捏造ではない(勿論、誤解されないよう再現映像であることを明確に示す必要はありますが)。
勿論「端島炭鉱」で「強制労働があった」のは事実です。そもそも日本政府も「世界遺産登録」時にその事実を「登録に反対する」韓国相手に事実上認め、「韓国の納得がいくような展示にする」と言いながら登録されたら「釣った魚に餌はやらない」とばかりに約束を反故にするのだから呆れて二の句が継げません。あげくユネスコから世界遺産委、日本に改善要求決議 軍艦島の展示めぐり:朝日新聞デジタル、軍艦島に「強い遺憾」 ユネスコ世界遺産委が決議採択 - 産経ニュース(2021.7.22)というダメ出しまでされても平然と無視です。
参考
ミラン・クンデラ - Wikipedia
クンデラはプラハの春(1968年)以後の1975年にフランスに亡命し、1979年にチェコスロバキア国籍を政府から剥奪されたことで共産党の一党独裁に抵抗した作家として認知されている。
しかし1950年に西ドイツに亡命し、諜報組織に加わった元チェコスロバキア空軍パイロットが、スパイとしてプラハに潜入した際、彼の立ち寄り先を知人から聞かされたクンデラは、チェコスロバキア秘密警察に密告、その結果元パイロットは逮捕されたとする記録が2008年10月、明らかになった。これは、政府系の歴史研究所「チェコ全体主義体制研究所」が発見したもので、地元の週刊誌『レスペクト』によって報じられ、文書のコピーも掲載された。元パイロットは逮捕後、裁判で懲役22年と1万コルナの罰金、財産の没収、市民権の剥奪の判決を受け、14年間強制労働の刑に服し、その中でウラン鉱山での労働に従事させられた時期もあったという。
クンデラはこの件について「作り話」と全面否定した。警察の記録にも、クンデラの名前が記されているが、過去に秘密警察による文書の偽造、捏造の例があることから、真偽は定かではない。しかし彼の小説『冗談』では、主人公が友人の密告によって大学を追放され、鉱山送りにされる旨が描かれるなど、類似点が多いため、実体験に基づいて書かれた作品なのではないかという臆測も飛び交っている。