新刊紹介:「歴史評論」2021年5月号(追記あり)

 小生がなんとか紹介できるもののみ紹介していきます。正直、俺にとって内容が十分には理解できず、いい加減な紹介しか出来ない部分が多いですが。
特集「ひとびとの歴史意識に向き合い、疑問に答える」
◆「歴史認識」の現在と歴史学研究者(源川真希*1
(内容紹介)
 他の収録論文からも想像が付くでしょうが、特集タイトルの『ひとびとの歴史意識』、源川論文の『歴史認識』とは
1)「歴史上の汚点(侵略、戦争犯罪、植民地支配、権力の弾圧、差別など)」をなかったものとしようとする歴史修正主義、特に

◆「張作霖暗殺」コミンテルン陰謀論(もちろん関東軍の犯行)
南京事件否定論
河野談話否定論(慰安婦違法性否定論)
◆太平洋戦争「アジア解放の聖戦」論(チャンドラ・ボースの存在などを持ち出す)
関東大震災での朝鮮人虐殺否定論
◆「日本の植民地支配のおかげで韓国、台湾は近代化できた」論
◆「ロシアの脅威から日本を守るため日露戦争は不可避だった」論
◆「日露戦争の日本勝利はアジア民族に希望を与えた」論

などの「明治以降の日本についての歴史修正主義」論
2)司馬『坂の上の雲』受容のような「歴史学に娯楽性を求める感性(特に明治維新後の日本をサクセスストーリー的に描き出したがる感性)」
を意味しており、一般的な「歴史意識」「歴史認識」よりも狭い意味です。
 「娯楽性を求める感性」が批判されてるとはいえそれは「明治維新以降の話」であり「戦国時代(川中島合戦、真田十勇士など)」などは議論の対象外です。
 また、「歴史修正主義&娯楽性」という意味では「チンギスハン・源義経説」「青森県戸来村での『キリストの墓』伝承」なども日本にはありますが「繰り返しますが」本特集でネタにされてるのは「ナチホロコースト否定論」を取り上げた武井論文を除き「明治以降の日本美化(それも主として侵略や植民地支配の正当化、南京事件慰安婦などの戦争犯罪の否定)」です。そして、それらが批判的に言及されます。
 その意味では、例えば、特集タイトルは『歴史修正主義に向き合う』、源川論文タイトルは『歴史修正主義の現在と歴史学研究者』の方が適切な気がします。
 他の論文が各論的なのに対し、総論的内容と言えますが、小生の無能のため、詳細な紹介は省略します。


◆司馬文学の受容から何を受け止めるのか(原田敬一*2
(内容紹介)
 司馬文学と言ってもここで問題になってるのは

◆『世に棲む日日』
 吉田松陰が主人公
◆『竜馬がゆく
 1968年のNHK大河ドラマ竜馬がゆく』の原作
◆『翔ぶが如く
 大久保*3、西郷*4が主人公。1990年のNHK大河ドラマ翔ぶが如く』の原作*5
◆『坂の上の雲
 日露戦争で活躍したという秋山好古・真之兄弟が主人公。2009~2011年にNHKがドラマ化。

などといった「司馬の幕末・明治もの」です。
 決して

司馬遼太郎 - Wikipediaなど参照
◆『梟の城
 1960年の直木賞を受賞した司馬の出世作。1999年に篠田正浩が映画化。
◆『戦雲の夢』
 1960年8月から1961年12月まで『講談倶楽部』に連載。長曾我部盛親長宗我部元親の四男)が主人公。
◆『功名が辻
 1963年(昭和38年)10月から1965年(昭和40年)1月にかけ、各地方紙に連載。山内一豊が主人公。2006年のNHK大河ドラマ功名が辻』の原作
◆『国盗り物語
 1966年の菊池寛賞を受賞。戦国大名斎藤道三が主人公。1973年のNHK大河ドラマ国盗り物語』の原作
◆『夏草の賦』
 1966年9月から1967年5月にかけて地方紙に連載。戦国大名長宗我部元親が主人公。
◆『播磨灘物語
 1973年5月から1975年2月にかけ、「読売新聞」に連載。豊臣秀吉の軍師として知られる黒田官兵衛の生涯を描く。
◆『項羽と劉邦
 『小説新潮』で1977年1月号から1979年5月号まで連載。
◆『菜の花の沖
 1979年4月1日から1982年1月31日まで『産経新聞』に連載。江戸時代の廻船商人である高田屋嘉兵衛が主人公。2月12日の司馬の命日「菜の花忌」は、この作品名が由来。
◆『ひとびとの跫音』
 1979年から1980年にかけて、月刊誌『中央公論』に連載。1981年に、中央公論社より単行本が刊行され、同年度の読売文学賞小説賞を受賞。正岡子規の妹・律の養子で、阪急電鉄の車掌、阪急百貨店の職員であった正岡忠三郎を主人公として、忠三郎の友人であったぬやま・ひろし(西沢隆二*6)らとの交友を描く。
 司馬作品としては、例外的に、世間的にはほとんど無名といっていい人物を主人公に据え、きわめて独自な作風であると評されている。
◆『箱根の坂』
 1982年(昭和57年)6月から1983年(昭和58年)12月まで『読売新聞』で連載。戦国大名北条早雲の生涯を描く。

などが問題になってるわけではない。
 既に司馬の幕末・明治物について

【刊行年順:刊行年が同じ場合は著者名順】
中村政則*7近現代史をどう見るか:司馬史観を問う』(1997年、岩波ブックレット
◆中塚明*8司馬遼太郎歴史観:その「朝鮮観」と「明治栄光論」を問う』(2009年、高文研)
中村政則『「坂の上の雲」と司馬史観』(2009年、岩波書店
◆高井弘之『誤謬だらけの『坂の上の雲』:明治日本を美化する司馬遼太郎の詐術』(2010年、合同出版)
◆中塚明ほか『NHKドラマ「坂の上の雲」の歴史認識を問う:日清戦争の虚構と真実』(2010年、高文研)

など明治維新の「負の側面(自由民権運動弾圧、韓国侵略など)」を描かず、「明るい明治(近代化による経済発展)」と描き出す「司馬の問題点」については「日露戦争を美化した『坂の上の雲』」への批判を中心に多数の批判があるところですが、原田氏も同様の批判をしています。
 とはいえ、原田氏も指摘していますが「明治を美化した司馬」も「昭和ファシズム日中戦争、太平洋戦争)までは正当化しなかったこと」には注意が必要でしょう。
 また、司馬には『座談会・日本の朝鮮文化』(金達寿*9上田正昭*10との共著、1982年、中公文庫)という著書があり、いわゆる「嫌韓国」とはさすがに違うわけです。
 そのため「司馬を当初持ち上げた藤岡信勝」も次第に司馬に否定的になっていきます。

【参考:坂の上の雲

「綱領教室」 志位委員長の第2回講義/戦前の日本社会/侵略と支配 息のむ2011.1.20
 NHKでTVドラマ化された作家の司馬遼太郎氏の小説『坂の上の雲』について、志位さんは、この小説で日清・日露の戦争の本当の姿がわかるのかと問いかけました。
 「小説に書かれていないことこそ問題だ」として、日清戦争直前の朝鮮王宮軍事占領事件と、日清戦争直後の朝鮮王妃暗殺事件、日露戦争と一体に進められた韓国の植民地化の事実を詳しくのべました。

【参考終わり】
【参考:司馬と金達寿

金達寿展(下)「日本の中の朝鮮文化」の旅 | カナロコ by 神奈川新聞
 金達寿とともに渡来人による遺跡を踏査していた鄭貴文(チョンキムン)、詔文(ジョムン)兄弟が1969年3月、季刊「日本のなかの朝鮮文化」を創刊している。自らの民族文化に対する不明の反省と、日本と朝鮮半島の連帯への願いが込められていた。誌面では金達寿をはじめ、司馬遼太郎歴史学者上田正昭らが活躍し、遺跡巡りツアーやシンポジウムも企画され、古代史ブームとも相まって絶大な人気を博し、50号まで刊行された。
 70年には金達寿後半生のライフワークとなった紀行「日本の中の朝鮮文化」の連載が始まる。まだ国の概念もない時代に朝鮮半島から渡り来た人びとについて、差別感を伴う「帰化人」ではなく、一貫して「渡来人」の語を用い、歴史学界にも一石を投じた。

【参考終わり】


◆「南京事件」論争の到達点とそれから(伊香俊哉*11
(内容紹介)
 「南京事件」といえばやはり

笠原十九司*12都留文科大学名誉教授)
【刊行年順】
◆『南京事件』(1997年、岩波新書
◆『南京事件三光作戦』(1999年、大月書店)
◆『南京事件と日本人』(2002年、柏書房
◆『南京難民区の百日:虐殺を見た外国人』(2005年、岩波現代文庫)
◆『南京事件論争史』(2007年、平凡社新書→増補版、2018年、平凡社ライブラリー)
◆『「百人斬り競争」と南京事件』(2008年、大月書店)

ということで笠原氏の業績が非常に大きいと言うべきでしょう。
 まあ、笠原本以外にも

【刊行年順:刊行年が同じ場合は著者名順】
◆洞富雄*13南京事件』(1972年、新人物往来社
◆洞富雄『南京大虐殺まぼろし」化工作批判』(1975年、現代史出版会
◆洞富雄『決定版・南京大虐殺』(1982年、徳間書店
◆吉田裕*14天皇の軍隊と南京事件』(1985年、青木書店)
◆洞富雄『南京大虐殺の証明』(1986年、朝日新聞社
藤原彰*15南京大虐殺』(1988年、岩波ブックレット
本多勝一『南京への道』(1990年、朝日文庫)
藤原彰『南京の日本軍:南京大虐殺とその背景』(1997年、大月書店)
秦郁彦*16南京事件(増補板):「虐殺」の構造*17』(2007年、中公新書)
本多勝一南京大虐殺と日本の現在』(2007年、金曜日)
清水潔*18『「南京事件」を調査せよ』(2017年、文春文庫)

など否定論批判は色々ありますが。
 もはや「学問的には成立し得ないデマゴギー=否定論」のわけです。
 しかし、それが未だに産経新聞などで垂れ流されることにはげんなりせざるを得ません。
 とはいえ「中国の経済大国化」も考えるに「デマゴギーでしかない南京事件否定論」の力は長期的には衰退せざるを得ないでしょう。今後は「否定論批判」に止まらない「南京事件研究」(南京事件はその後の日本や中国にどのような影響を与えたか、など)が求められるとする伊香氏です。

【参考】
南京事件−日中戦争 小さな資料集
 このサイトを読めば主要な「南京事件否定論デマ」はおおよそカバーできるかと思います。小生も常々利用させてもらっています。

2015 とくほう・特報/旧日本軍関係者が語る南京大虐殺/恥ずかしい安倍政権の反発
 なぜ大虐殺が起こったのか。日本軍の中国侵略を研究する伊香俊哉都留文科大学教授は「南京占領戦は基本的に旅団長や師団長から、捕虜をとらないという方針が出ていました。大量の中国軍を降伏させてもどう扱うかきちんとしていなかった。それが虐殺につながった。さらに中国軍、中国人に対する日本側の蔑視がありました。中国人捕虜なら殺しても問題にならないという感覚があった」と指摘します。

【参考終わり】


◆韓国における植民地歴史像の葛藤:「反日種族主義」事態をめぐって(三ツ井崇*19
(内容紹介)
 三ツ井氏の言う『「反日種族主義」事態』とは李栄薫*20反日種族主義』(邦訳、2019年、文藝春秋)、『反日種族主義との闘争』(邦訳、2020年、文藝春秋)が日本ウヨにもてはやされいわゆる『柳の下の二匹目のドジョウ』本として

久保田るり子*21反日種族主義と日本人』(2020年、文春新書)

などが出版される事態という意味です。
 副題「反日種族主義」から、おおよそ三ツ井氏の問題意識が分かるかと思います。
 「反日種族主義」の筆者・李栄薫(元ソウル大学教授)はもちろん「韓国人」です。
 つまりは植民地支配を美化する動き(韓国においてはニューライトと呼ばれる*22)が韓国内部から起こってきたわけですが、そこには「日本の陸軍士官学校出身であり、岸信介*23元首相ら日本ウヨ政治家と野合していた朴正熙を『韓国の近代化』を理由に美化したい。朴を独裁者として批判する金大中やその流れをくむ政治勢力盧武鉉文在寅*24など)などに反撃したい→朴正熙の流れをくむ政治勢力(典型的には娘の朴槿恵ですが、他にも、朴の前任大統領・李明博もそれに該当)を美化したい」という動きがあったと三ツ井氏は見ます。
 一方で日本ウヨにとってもこうした韓国人の存在は「非常に利用価値があった」わけです。
 しかし、こうした「政治的思惑」の強さが皮肉にもその後、「ニューライト」を政治的に沈没させることになります。朴槿恵が崔順実疑惑で失脚(後任は言うまでも無く朴と対立する立場の現大統領・文在寅氏)し、起訴され有罪判決。また朴の失脚を契機に「李明博」も大統領在任中の犯罪容疑で起訴され有罪判決を受けることによってニューライトの政治力も大いに失われたわけです。三ツ井氏は「仮に今後、李や朴が党首だったセヌリ党の流れをくむ最大野党『国民の力』が大統領選挙に勝利し政権奪還したとしても、『国民の力』は『国会議員選挙での大敗』は『ニューライトとの関係が穏健保守派に敬遠されたことが大きい』と見て、ニューライトから距離を置いてるのでニューライトの政治的復権はあり得ない」と見ています。
 おそらく「反日種族主義」の文春での邦訳刊行は、「ニューライトの力の強さ」を示す物では無く、「弱さを示すもの」でしょう。韓国内において政治的に行き詰まったニューライトは「敵の敵は味方」という考えから日本ウヨとの野合路線を強めた。
 中国に追い詰められたペマ・ギャルポラビア・カーディル*25などが日本ウヨと平気で野合してるようなもんです。ペマやラビアが「まともな人間から呆れられてる*26」のと同様、ニューライトもかえって政治的に衰退し続けるでしょう。
 なお、三ツ井氏も指摘していますが「日韓右翼の思惑」が何であれ、「植民地支配(あるいは上からの近代化)には負の側面とプラスの側面」があります。
 日韓ウヨのような植民地支配美化は論外ですが、「ただし」「植民地支配への批判意識の強さ」故に「植民地支配による近代化それ自体」を否定するのも適切では無いでしょう。

過度の仏教信仰やダライ・ラマ崇拝はけっきょくチベットに不幸をもたらしたと思う - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)
◆bogus-simotukare
 植民地支配は確かに悪だ。けれど,その悪に救われた人間もまた,いるはずだ。彼らの生命はその悪の結果としてそこに在る。植民地当局が整備したインフラのお陰で,生命を長らえた人や,植民地当局の強制的な予防接種のお陰で死ぬべき運命から救い出された人――最終的に〈悪〉だと結論づけるにしても,頭の片隅にそうした人のことは入れておきたい。
(引用終わり)
 これってid:Bill_McCrearyさんのエントリとどこが違うのか。俺には同じ事言ってるようにしか思えませんけどね。
 中国のチベット解放がなかったらまず間違いなくインフラ整備はされず今より病気などによる死亡者は多かったでしょうね。
 Mukkeさんの脳内ではこのエントリに書いた事とMcCreary氏批判してる事は両立してるんでしょうか?
(どう両立してるのかわかりませんが)
 それともこのエントリ「2010年の記述」なんで、それからMukkeさんに精神的変化でもあったんですかね。

◆Bill McCreary
 上の記事で、Mukke氏に、お前がチベットについて書いていることとどう整合性をつけるんだよと誰かが指摘したら、Mukkeという人はどう回答するんですかね。これはこれで面白そうです。
 彼の場合、たぶん「チベット」とか「ダライ・ラマ」とかの話になると、思考停止になるんでしょうね。そんなん何の自慢にもなりませんが。だから私から、どんな詭弁でもでたらめでも言いがかりでもほざく、と罵られるのです。

でのやりとりの通りです(Mukkeへの皮肉、嫌みのつもり)。
 なお、三ツ井氏も指摘しますが「韓国ウヨの目的」は「陸軍士官学校卒で、岸信介ら日本ウヨ政治家とズブズブの『親日派朴正熙の美化(その限りでの日本植民地支配美化)」であり、その点では「日本ウヨ(日本植民地支配を100パー美化したい)」と問題意識にずれがあり、一枚岩では必ずしもありません。
 また『親日派朴正熙自体「日本側に複雑な思いがあった」であろうことに注意が必要でしょう。

文世光事件 - Wikipedia
 事件から4日後の8月19日に執り行われた「朴の妻の葬儀」(国葬)において、葬儀に出席した田中*27首相の「えらい目に遭われましたね」という言葉に朴大統領は「言葉が軽すぎる」とかえって憤慨したと言われている。
 加えて、8月29日に木村俊夫*28外相が国会答弁の中で「客観的に見て、韓国には北朝鮮による軍事的脅威はない」と述べたことで、かねてから日本国内でKCIAによって起こされた金大中事件に対する日本からの非難を受けたことにより鬱積していた反日感情が一気に爆発、連日、日本大使館前には抗議のデモ隊が押し寄せ、9月6日には群衆が日本大使館に乱入し日章旗を焼き捨てる事態にまで発展した。その後急速に関係は悪化し、国交断絶寸前にまで至った。
 事態を見かねた日本政府は9月19日に、日韓国交正常化当時の外相(佐藤*29内閣外相)であり、自民党親韓派の重鎮として、韓国国内でも評価の高かった椎名悦三郎*30副総裁を政府特使として訪韓させ、日韓の友好関係を改めて確認することによって両国間での問題決着がはかられた。朴大統領は椎名との面談の席上で、「日本が引き続き、こんな風な姿勢を取れば、友邦とは認められないのではないか」、「(日本の姿勢は)政治と外交、法律に関係なく、東洋の礼儀上、ありえないこと」、「日本外務省には秀才やエリート官僚が集まっていると聞いたが、どうやってこのような解釈ができるのか」など、激しい言葉で日本を糾弾した。退出した椎名副総裁は「長い公職での人生でこれほど罵倒されたことはなかった」と憤懣やるかたない表情で語り、付き添っていた金鍾泌首相があわててなだめる一幕もあったという。

という朴のマジギレ振りからそれがうかがえるかと思います。


ホロコースト否定論の短い「歴史」(武井彩佳*31
(内容紹介)
 何で「短い歴史」なのかというと、ユダヤロビーの政治力の強さもあって
1)今や、多くの国でホロコースト否定発言をすると刑事罰の対象になる
2)それ以前に政治家なら「抗議運動で政治家引退」、実業家なら「不買運動で社長辞任」などのヤバイ事態になりかねない
からです。
 つまり欧米でそんなことを放言したら「社会人としての人生が完全に終わってしまう」。
 「あいつは頭がおかしい」扱いされてまともに扱われないのだから「札付きの極右」以外、誰もそんなこと言いたがらない。そう言う話です。
 我が日本にも「ホロコースト否定論」をぶちかましたが故に、
1)雑誌(マルコポーロ)を一つ廃刊にし(まあそれ以前から売れ行きは悪かったのですが)
2)当時の文春社長・田中健五を引責辞任させ
3)あげく閑職(戦後史企画室)に飛ばされたことに精神的に耐えきれず、文春を辞めた物の、今や「月刊HANADA」というトンデモウヨ雑誌の編集長にまで落ちぶれた花田紀凱というバカがいました(マルコポーロ事件 - Wikipedia参照)。
 またあの「デマ記事常習」産経ですら

米ユダヤ系団体、本紙掲載広告に抗議 産経・熊坂社長「おわびします」(1/2ページ) - 産経ニュース2014.12.5
 産経新聞に掲載された広告をめぐり、ユダヤ系団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」(本部・米ロサンゼルス)のエイブラハム・クーパー副所長は4日(日本時間5日)、産経新聞社の熊坂隆光社長宛てに抗議文を送付した。
 同センターが問題視しているのは、11月26日付の東海・北陸版に掲載された「ネットジャーナリスト リチャード・コシミズユダヤ独裁国家アメリカの謀略を暴く!!」と題した全面広告。コシミズ氏の寄稿とともに、発売中の3冊の本を紹介した。
 これについて、クーパー氏は「これらの本はユダヤ人に対する危険極まりない虚言の流布」と指摘。「アンネ・フランクや150万人のユダヤの子供たちを含む600万人のユダヤ人が欧州で犠牲になった第二次世界大戦ナチスによるホロコーストユダヤ人大量虐殺)を否定するばかりか、著者は、ユダヤ人がマスメディアを操作し、非道な目的を達成するために世界の出来事や経済をも操っていると断言した。9・11(米中枢同時テロ)の惨禍から、日本の(東日本大震災の)津波の悲劇、北朝鮮の脅威にいたるまで、何らかの形でユダヤ人とイスラエルに関連づけている」と批判した。
 その上で、広告を掲載した産経新聞に対しても、「真実を追求するジャーナリズムの責任を売り飛ばした」とし、「読者とユダヤコミュニティーに謝罪する義務がある」と抗議。「産経新聞に対し、あらゆる集団に対する憎悪を普及させる目的で紙面が使われることが二度とないよう、広告の掲載方針を見直し変更するよう強く要請する」としている。
産経新聞社、熊坂隆光社長のコメントは以下の通り。
 問題の広告が産経新聞11月26日付東海・北陸版(約5千部)に掲載されたのは事実であり、12月4日付でサイモン・ウィーゼンタール・センターエイブラハム・クーパー副所長からの抗議文を受け取りました。
 掲載に至る経緯は現在、社内で調査中ですが、広告審査手続きに欠陥があったことは明らかです。こうした内容の広告が掲載され、読者の手元に届けられてしまったことは極めて遺憾であり、読者とユダヤコミュニティーの皆様に深くおわびいたします。
 もとより、産経新聞社はナチス・ドイツによるホロコーストを許しがたい憎むべき犯罪ととらえておりますし、いわゆる謀略史観的考え*32にくみするものではありません。サイモン・ウィーゼンタール・センターの抗議を真摯(しんし)に受け止め、誠実に対応するとともに厳正に対処します。

産経社長がユダヤ系団体に謝罪 ホロコースト否定本の広告掲載: J-CAST ニュース
 産経新聞は2014年12月6日付けの朝刊にユダヤ系団体に対する謝罪文を熊坂隆光社長名で掲載した。ユダヤ人大量虐殺があったホロコーストを「でっち上げ」などと記している書籍3冊の紹介広告を出しためユダヤ系団体から抗議を受けていた。
広告は2014年11月26日付の東海・北陸版(約5000部)に掲載された。産経新聞ユダヤ系団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」(本部・米ロサンゼルス)のエイブラハム・クーパー副所長から「これらの本はユダヤ人に対する危険極まりない虚言の流布」などと書かれた12月4日付けの抗議文を受け取った。熊坂社長は、広告審査手続きに欠陥があったことは明らかだと認め、「読者とユダヤコミュニティーの皆様に深くお詫びいたします。もとより、産経新聞ナチス・ドイツによるホロコーストを許しがたい憎むべき犯罪ととらえています」と謝罪した。

ということになるわけです。


◆「ウォー・ギルト」とは何か:江藤淳*33『ウォー・ギルト』論に対する批判的考察(賀茂道子*34
(内容紹介)
 まあ、戦後のGHQによる『眞相はかうだ - Wikipedia』などによる「日本軍の蛮行(南京事件バターン死の行進など)の暴露」を「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム - Wikipedia」と呼んで「日本は残虐行為など何一つやってない。GHQの洗脳、デマ中傷」「東条英機A級戦犯昭和殉難者」「むしろ日本はハルノートABCD包囲網などで米国にはめられた被害者」などと居直るのは何も江藤に限った話ではない(賀茂氏に寄れば、一番最初が江藤『閉された言語空間:占領軍の検閲と戦後日本』(1994年、文春文庫)らしいですが)。
 「WGIPウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム*35)」「真相箱」でググる
【月刊正論】これが戦後の元凶だ! 米占領軍の日本洗脳工作「WGIP」文書、ついに発掘(1/6ページ) - 産経ニュース(関野通夫)

【歴史戦】GHQ工作 贖罪意識植え付け 中共の日本捕虜「洗脳」が原点 英公文書館所蔵の秘密文書で判明(1/5ページ) - 産経ニュース
反日プロパガンダ招いた壮大な「歴史戦」 外交評論家・加瀬英明
 「GHQは日本民族から独立心を奪い、精神を破壊して未来永劫にわたって属国とするためにWGIPを仕掛けた。その結果、自虐史観が蔓延し、『河野談話』『村山談話』のように日本人自身が過剰に自己否定し、中国、韓国の反日プロパガンダを招いた。壮大な『歴史戦』といえる」
◆【用語解説】「ウオー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)」
 GHQが占領政策として戦争に対する罪悪感を日本人に植え付けるため行った宣伝計画。日本の歴史や文化・伝統を破壊*36し、日本人自身が日本人を否定して精神を改造するよう誘導、原爆投下や大都市の無差別爆撃などを行った米国の正当化を図った。新聞や雑誌、ラジオを検閲し、占領政策にあうよう書き直させたり、発禁処分にしたりした。検閲に協力した日本人は数千人といわれ、メディアや官界、大学などで活躍した。

【編集者のおすすめ】『日本人を狂わせた洗脳工作』関野通夫著 WGIPこそ戦後70年の病根 - 産経ニュース
月刊正論2015年7月号日本を再敗北させたGHQ洗脳工作「WGIP」(有馬哲夫)
【解答乱麻】「反日日本人」がなぜこんなに多いのか カギは米国産「WGIP」にあり 麗澤大大学院特任教授・高橋史朗(1/3ページ) - 産経ニュース

【刊行年順:刊行年が同じ場合は著者名順】
櫻井よしこ*37GHQ作成の情報操作書「真相箱」の呪縛を解く:戦後日本人の歴史観はこうして歪められた』(2002年、小学館文庫)
保阪正康『日本解体:「真相箱」に見るアメリGHQの洗脳工作』(2004年、扶桑社文庫)
高橋史朗『日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと』(2014年、致知出版社
山村明義GHQの日本洗脳』(2014年、光文社)
ケント・ギルバート『まだGHQの洗脳に縛られている日本人』(2015年、PHP研究所
◆関野通夫『日本人を狂わせた洗脳工作:いまなお続く占領軍の心理作戦』(2015年、自由社ブックレット)
水間政憲*38『ひと目でわかる「GHQの日本人洗脳計画」の真実』(2015年、PHP研究所
高橋史朗『「日本を解体する」戦争プロパガンダの現在:WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)の源流を探る』(2016年、宝島社)
高橋史朗WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)と「歴史戦」:「日本人の道徳」を取り戻す』(2018年、モラロジー研究所
◆有馬哲夫*39『日本人はなぜ自虐的になったのか:占領とWGIP』(2020年、新潮新書)

などと言ったウヨの与太がうんざりするほどヒットします。
 まあ一方で、
流行する「GHQによる洗脳」論の危うさ - 早川タダノリ|論座 - 朝日新聞社の言論サイト
ケント・ギルバート新著『プロパガンダの見破り方』はそれ自体が「陰謀論」 | 石戸 諭 | コラム | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト
のようなまともな物もあるにはありますが。
 「パトラッシュ、僕はもう疲れたよ(くだらないウヨ本が多すぎて)」と言いたくなります。そもそも賀茂氏も指摘していますが、いわゆる「逆コース」の存在が重要ですね。WGIPなどせいぜい「中華人民共和国建国(1949年)、朝鮮戦争(1950年)など冷戦激化で米国の対日政策が軍国主義撲滅から、反共重視に転換するまで」「台湾に追放された蒋介石政権にかわって、日本を『東アジアの反共の砦(東アジアにおいて最も重要な米国の同盟国)』とすることに方針が転換するまで」の話です。
 逆コース以降は、赤旗レッド・パージってなんですか?東条内閣の閣僚が、戦後政治にも?*40も書くようにレッドパージという反共路線が採用される一方で、「戦犯として東京裁判終身刑判決を受けたはずの賀屋興宣(第一次近衛*41、東条*42内閣で蔵相)」が仮釈放され、公職追放も解除され、平然と政界に復帰し、自民党政調会長(池田*43総裁時代)、池田内閣法相として復権する。それを米国が容認する。それのどこが「WGIP」なのかという話です。
 またこれまた賀茂氏が指摘していますが、WGIPについては「東京大空襲、原爆投下など米軍による戦争被害への反発」「東京裁判への反発(東条英機等、戦犯を殉教者と見なすなどの英雄視*44)」などから米国が「日本統治が上手くいかなくなることを恐れていた」ことによる「日本の悪行暴露」と言う意味(東京大空襲などはやむを得なかった、東條ら戦犯は英雄などではない、裁かれて当然の犯罪者という広報宣伝)が大きかったようです。当然ながら

袖井林二郎*45『拝啓マッカーサー元帥様:占領下の日本人の手紙』(2002年、岩波現代文庫

でわかるように、「日本人の反米意識」がそれほど強くない(むしろ東條ら戦犯に対しては「無謀な戦争で日本を焼け野原にした」という批判の方が強い)ということがわかると、米国にとってWGIPを実施する意義は薄れていきます。
 こうした「反米意識が思ったほど強くない」「逆コースという政治方針の転換」から「WGIPは次第に廃れていった」という評価が賀茂氏の評価です。
 またWGIPが「盛んな頃」ですらその立場は「陸軍悪玉論」の色彩が濃く「天皇の戦争責任問題」が一番わかりやすいですが、米国の日本統治にとって「むしろデメリット」になると評価される物は取り上げられたりしない。
 また賀茂氏も指摘していますが、「日本人」による「日本軍の戦争犯罪への評価、認識」を考える上で「米国(それもGHQ時代の米国)との関係」ばかりを強調するWGIP云々は明らかにおかしい。
 米国の思惑に関係なく、例えば中国、韓国と言った被害国は独自に日本の戦争犯罪を批判するわけです。
 また、プロパガンダ(広報宣伝)という物は「どんな内容、手法であろうと、やれば成功する」という単純なもんではない。「例は何でも良いですが」例えば、荒木和博(特定失踪者問題調査会代表、予備役ブルーリボンの会代表)の「特定失踪者は北朝鮮拉致」というプロパガンダはあまりにも信用性がないことから、世間にろくに相手にされていません。
 あるいは、1971年に朝日新聞に連載された本多勝一『中国の旅』(後に1981年、朝日文庫)が「強い衝撃」を当時の日本社会に与えたことは「WGIPの影響」などというものが「あまりなかった(少なくともWGIPのために贖罪意識云々というウヨの物言いはデマであること)」の「一つの傍証」といえるでしょう。
【参考:賀茂氏の江藤批判】

日本人は洗脳されたか? 研究者「それなりに影響は…」:朝日新聞デジタル
 「ウォー・ギルト・(インフォメーション・)プログラム」という言葉が保守論壇で流行している。第2次世界大戦後の占領軍の計画で、日本人は洗脳され、自虐史観に塗り替えられたというのだ。その全体像を膨大な史料から探った著作が公刊された。本当に日本人は洗脳されたのか。研究の結果から著者は「洗脳されたとは思えない」という。
 著作は『ウォー・ギルト・プログラム――GHQ情報教育政策の実像』(法政大学出版局)。著者は賀茂道子・名城大学非常勤講師(日本政治外交史)だ。
 この言葉は、文芸評論家の故・江藤淳氏が1989年の『閉(とざ)された言語空間』(文藝春秋社→現在は1994年、文春文庫)で紹介した。GHQ(連合国軍総司令部)の文書から見つけた江藤氏は、「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」と表記した。現在の保守論壇はWGIPと略す。
 代表的な施策が二つあったとされる。GHQの一部門CIE(民間情報教育局)が、日本では知られていない戦史をまとめて全国紙に掲載させた連載「太平洋戦争史」(45年12月、後に単行本化)と、そのラジオ版「真相はこうだ」(12月~翌年2月、週1回の30分放送)だ。
 江藤氏は、日本人が戦った(ボーガス注:東南アジア解放という)「大東亜戦争」の意義が抹殺され、米国人が戦った「太平洋戦争」がはめ込まれて「歴史記述のパラダイム」が組み替えられたと主張した。また、極東国際軍事裁判東京裁判)はもっとも大規模なプログラムであり、両者を一体化したものとみなした。賀茂氏の解釈では、江藤氏が把握したプログラムの目的は、侵略戦争という歴史観の日本人への植え付け*46だった。
 ただ、江藤氏が準拠した史料は「太平洋戦争史」から約2年後の48年2月のものだけで、プログラムの全容や客観的な効果は明らかになっていなかった。そもそも「ウォー・ギルト」に対する訳語も、論者の間で一定しない*47賀茂氏は戦時期にさかのぼって史料を読み、5年半かけて論考を仕上げた。
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 江藤本が単行本として刊行された「1989年」、文庫本として刊行された「1994年」という年に着目する必要があるかと思います。これはおそらく、単なる偶然では無く「1989年」、「1994年」の直近には

【1986年】
◆9月9日
 藤尾*48文相が韓国併合正当化発言で韓国政府から批判を浴び、中曽根*49首相が更迭
【1988年】
◆12月7日
 本島長崎市長のいわゆる「天皇の戦争責任」発言(本島等 - Wikipedia参照)
 市議会で日本共産党議員が昭和天皇の戦争責任に関して意見を求めて質問すると、本島は「天皇の戦争責任はあると私は思います」と答弁し、その後の記者会見でも「天皇が(近衛上奏文など)重臣らの上奏に応じて終戦をもっと早く決断していれば沖縄戦も広島・長崎の原爆投下も無かったのは歴史の記述から見ても明らかです」と重ねて発言した。直後に自民党県連が発言の撤回を要求すると「自分の良心を裏切ることはできない」として拒否したため自民党県連から県連顧問を解任された。

【1992年】
◆8月4日
 河野*50談話の発表
◆10月23日~10月28日
 天皇訪中

などといった「ウヨの江藤」にとって屈辱的な事件が起きています。江藤がこうした「屈辱の理由」としたのが「WGIPによる日本人洗脳の影響」ですが江藤が本心そう思っていたのか、はたまた「故意のデマか」はよくわかりません。どっちにしろ江藤はクズでバカですが。

【参考:賀茂氏以外の江藤批判】

リベラル21 山本武利『検閲官-発見されたGHQ名簿』(新潮新書)
 著者の山本武利*51は、軍事機密情報(防諜)の研究者で、『陸軍中野学校*52』(筑摩選書)など、多数の著書がある。『日本兵捕虜は何をしゃべったか*53』(文春新書)では、高級将校から兵士までの各レベルの軍事情報の漏洩事例を紹介し、日本軍の軍事情報管理がアメリカ軍に比べ、いかに杜撰なもの*54であったかを論じている。
(中略)
 江藤淳について著者はいささか冷ややかである。江藤は『言語空間』のなかで、直接の名指しこそ避けているが、長洲一二*55(元・神奈川県知事)らをCCDの検閲官だったとしている。しかし著者は、それが明らかな事実誤認であることを指摘している。江藤は当事者ないし周囲の人から、その間違いを指摘されたはずだが、改版や文庫本化の際にも訂正していない。著者は江藤の不誠実さを暗に批判しているようだ。
 あらためて手に取った『言語空間』は奇妙な本である。詳細な脚注など、一見すると学術論文風であり、たしかに一次資料によって初めて明らかにされたCCDの実態が提示されている。しかしその一方で検閲指針などを紹介しつつ、自らの政治的見解を開陳するなど、政治批評の色合いを強く帯びているのである。例えば江藤はCCDが削除ないし禁止対象とした項目をあげ、「古来日本人の心にはぐくまれて来た伝統的な価値の体系の、徹底的な組み替えであることはいうまでもない」とするのだが、「極東軍事裁判批判」など占領軍として当然の政治的な項目の他にあげられているのは、「神国日本*56の宣伝」、「軍国主義の宣伝」、「ナショナリズム*57の宣伝」、「大東亜共栄圏の宣伝」などである。これらのどこが「古来日本人の心」に根差すものなのか。
 江藤の研究の動機と結論は、GHQによる検閲によって、戦後日本のメディアの言論が歪められ、その歪みゆえに日本人が自由にものを考えられない状態が続いている、というものである。
 しかし、いまだ日本人は言語空間どころか物理的な空間さえ、アメリカ軍に脅かされ続けているのである。アメリカ軍に対して日本の歴代政権は、日本の空域でのほぼ完全な自由飛行を認め、軍用機が保育園の敷地に部品を落下させても、抗議ひとつ満足にできない。この事故に際し、「アメリカに反感をもつ勢力*58の自作自演ではないか」など、保育園に対する(ボーガス注:米国ポチ右翼の)無責任な攻撃が数多くなされたという。同様の事件は繰り返されている。これもGHQの「隠微で苛烈な検閲」(『言語空間』の「あとがき」)によって日本人の思考が歪められた後遺症によるものなのか。

 愛読(?)している*59リベラル21に掲載されていたので気づいた記事です。今回はまともな記事だと思います。しかし長洲元知事に無根拠のデマ中傷をし、長洲氏本人や関係者から「事実無根」と抗議されても無視するとは事実なら「醜悪の限り」ですね。長洲氏も江藤を名誉毀損で提訴すべきでは無かったか(江藤の著書出版時に長洲氏は存命です)。政治家として1)自民とべったりの江藤を提訴することで県議会自民ともめたくない、2)政治家が自民党イデオローグのウヨとは言え民間人を訴えるのはいかがな物かという躊躇があったとしても「事実無根」ならせめて「1995年の県知事退任後に提訴して欲しかった」気はします。
 その他の小川氏*60
1)GHQによる「国家神道大東亜共栄圏の宣伝禁止」のどこが「『古来日本人の心』の否定」なのか?
2)「WGIP自虐史観で米国の属国に」云々というが、江藤等が「自虐史観」呼ばわりする共産党社民党など左派が沖縄基地問題などで米国に批判的なのに、江藤らウヨが「反米主義反対」等と言って、沖縄米軍基地問題などでろくに米国批判しないのはどういうことなのか?。江藤等のウヨの態度の方こそ余程「米国の属国」ではないか。江藤らはどういう脳みそをしているのか?
という批判も全く正論です。


【参考終わり】
【追記】
 コメント欄での

 先週(10日放送)の「報道特集」で、巣鴨プリズンで最後に死刑になった戦犯を特集していましたが、その戦犯は石垣島で捕虜を虐殺した兵士だったそうで、さすがに米国はそういったことへの激怒はすさまじかったようですね。

については

報道特集[字] | TBSテレビ2021年4月10日 (土)
◆スガモプリズン・最後の死刑囚
 71年前の4月7日、スガモプリズンで28歳の青年。BC級戦犯となった石垣島事件の真実とは?。入手した資料から明らかになった事実に遺族の思いは…

「父は何故死んで逝かねばならないか」巣鴨プリズン最後の死刑囚 遺書に託す願い | 毎日新聞2019.8.14
 戦争絶対反対と世界永遠の平和。
 便箋にしたためられたひときわ大きな文字が浮かび上がる。福岡県嘉麻市出身の旧日本海軍1等兵曹の藤中松雄さんの遺書だ。戦時中、沖縄県石垣島で米軍捕虜が処刑された「石垣島事件」でBC級戦犯に問われ、巣鴨プリズンで最後に死刑執行された一人。終戦から74年。遺書は今も非戦の願いを発している。【飯田憲】
 1945年4月、日本海軍に撃墜されて石垣島に不時着した米B29爆撃機の搭乗員3人が処刑された。島の部隊にいた藤中さんも、上官の命令で米兵を銃剣で突き刺した。
(この記事は有料記事です)

28歳のBC級戦犯が死刑囚に…家族に宛てた7千字の遺書|【西日本新聞ニュース】嘉麻市碓井平和祈念館学芸員 青山英子)2020.5.22
◆モノが語る戦争 嘉麻市碓井平和祈念館から(1)
 終戦後5年近くが過ぎた1950(昭和25)年4月、28歳の元海軍一等兵曹が遺書をしたためた。21枚の便箋に残された両親、妻子らに宛てた約7千字の遺書は、BC級戦犯の藤中松夫がスガモプリズン(東京拘置所)で4月7日未明の処刑直前までの一昼夜をかけて書きつづったものだ。
 復員後、筑豊の炭鉱で働きながら妻の実家で農業を営み平穏に暮らしていた藤中は、45年4月、沖縄戦の最中に石垣島で起きた米兵3人の処刑事件の罪を問われ、47年4月に進駐軍に捕らえられた。上官の責任が曖昧なまま裁判は進み、斬首・刺突による処刑は多くの兵を含む共謀による殺害と断じられ、41人に絞首刑が言い渡された。
 石垣島事件はBC級戦犯を裁く横浜裁判でも注目を集めた事件であった。判決後2回の減刑があり、最終的に下士官2人を含む7人が極刑に処せられたのである。上官の命令は天皇の命令と言われた旧日本軍の中で、下級幹部である下士官が上官に従うしかなかったことは想像に難くない。連行前に福岡市で行われた事情聴取で、上官を思い命令であったと話さなかったことが藤中の命運を分けたとも考えられる。
 仏教徒であった藤中が、獄中で過ごした3年間で信仰を深めていく様子が残された手紙から読み取れる。一時期同じ房だった加藤哲太郎が著書「私は貝になりたい」で、故郷の自宅近くを流れる遠賀川の水音を懐かしみ就寝前に水洗便所の水を流していた藤中のエピソードを描いている。死刑囚棟を出られた加藤が、2回目の減刑の新聞記事を階下から読み上げた時、藤中は自分の名がないことに大きく落胆したという。
 処刑から2カ月後に朝鮮戦争が始まり、スガモプリズンではその後の戦犯処刑はなかった。
 「父は何故死んで逝(い)かねばならないか」。
 愛する息子たちに託した言葉は遺書にひときわ大きく記されている。「戦争絶対反対」を子にも孫にも叫んでいただくとともに「世界永遠の平和」のために貢献していただきたい、と。

を紹介しておきます。
【追記終わり】


◆敗戦直後日本における朝鮮人への差別的偏見(金耿昊*61
(内容紹介)
 「石原*62都知事(当時)の三国人発言」「NHKの差別ツイート」など「敗戦時日本における朝鮮人への差別的偏見」について批判的に言及されています。

【参考:敗戦直後日本における朝鮮人への差別的偏見】

公共放送がヘイトスピーチ/NHKに市民抗議/検証と謝罪を要求2020.8.25
 NHK広島放送局のツイッターが、朝鮮人への差別を扇動する投稿をして批判されています。
 同局は、ツイッターで「1945ひろしまタイムライン」と題する企画を実施。戦争当時にSNSがあったらとの設定で、被爆者の日記やインタビューなどを参考に3人のキャラクターを作成して文章を創作し、それぞれ発信していました。
 問題になっているのは、中学1年生だった「シュン」のつぶやき。「朝鮮人の奴(やつ)らは、『この戦争はすぐに終わるヨ』『日本は負けるヨ』と平気で言い放つ」(6月16日)。「朝鮮人だ! 大阪駅戦勝国となった朝鮮人の群衆が、列車に乗り込んでくる!」(8月20日)などと投稿されました。
 これに対し、朝鮮人への暴力的イメージや差別を扇動する投稿だとして批判の声があがり、同局は、配慮が不十分だったとした上で今後、「必要に応じて注釈をつける、出典を明らかにするなどの対応を取り、配慮に欠けたり、誤解が生じたりすることがないように努めます」との説明をホームページに掲載しました。


◆紹介:今井清一*63著『関東大震災と中国人虐殺事件*64』(評者・大西比呂志*65
(内容紹介)
 ネット上の記事紹介で代替。なお、「関東大震災での中国人虐殺事件」については以前高世仁に突っ込む(2020年9/16日分)(追記あり) - bogus-simotukareのブログでも触れています。


【参考:関東大震災での中国人虐殺事件】

荒野に向かって、吼えない… 『関東大震災と中国人 王希天事件を追跡する』その1
 王については資料の不足から不詳な点も多いが、1915年頃に日本に留学生としてやって来たとみられる。日本滞在中だった周恩来とも交遊が生まれたようだ。周は1974年に王を「革命烈士」にしている。
「革命烈士の遺族には、国家的な優遇措置があり、事実、王振折一家の暮らしは、各段レベルアップした模様だ。したがって、(ボーガス注:「5・4運動」など、広義の革命運動には従事していたとは見なせても、共産主義革命という狭義の)革命運動のなかで斃れたのではない王希天に(ボーガス注:「5・4運動」など、広義の革命運動に従事したが故に、日本右翼に虐殺されたのだとしても)革命烈士の称号が与えられたのは、周総理との在日時代の濃密な親友関係なしには考えられないような気がする」。

荒野に向かって、吼えない… 『関東大震災と中国人 王希天事件を追跡する』その2
「客観的、法理論的にいえば、これは立派な国際刑事事件であった。刑事事件の犯人を軍がかくまうわけにはいかない」。
 しかし組織の理論ではそうはいかなかった。
 王の殺害は必ず国際問題になるだろう、徹底した緘口令をしかなければならない、隠蔽はかえって問題を大きくするかもしれない、それでも、「当旅団の意見は、すべての事件について徹底的に隠蔽する、どういう事態があっても部内から刑事犯人は出させない、それでいいのですね」と遠藤は念を押した。
 隠蔽を図った王希天事件は遠藤の予想通り外交問題に発展する。「日韓併合」により韓国を植民地化したことで、(ボーガス注:ウイグル問題での中国のように)朝鮮人虐殺は日本の「国内問題」だと突っぱねることができた。それに対し、王は中国籍を持った外国人であった。
 10月中旬には中国の世論は沸騰していた。日本の警察が証拠がありすぎるとしたように、北京政府も早い段階で(ボーガス注:実行犯の一人である)佐々木の名をつかんでいた。しかし北京政府は様々な弱みを抱えていた。公使館と留学生たちは反目しあっており、留学生のリーダー的存在であった王希天は駐日公使から憎しみを買っていた。また北京政府は中央政権という体をなしておらず、財政難に苦しんでもいた。日本語と英語に堪能な外交官、政治家の王正延を団長とする調査団を派遣するが、随員は経済実務者が多かった。王正延には様々な借款や資金誘致の申し入れという裏の目的があった。
「王正延は、虐殺真相追求より、各種借金交渉でペコペコ頭を下げるつもりだった」。
 こうして王は「行方不明」とされたまま、王希天事件は闇へと葬られてしまった。
 一高で王と同級生だった、最高裁判事も務めることになる横田正俊は1971年に同窓会誌に寄せた文章の中で、王が「朝鮮人と間違えられて殺されるという悲運にまであわれた」としてる。まだ王希天事件の真相が明らかとなる前だが、横田は王が行方不明になったのではなく殺されたのだと考えていた。しかし「朝鮮人と間違えられ」たせいだというのは誤りであり、横田のような(ボーガス注:王と親しい)立場にいた人ですら、真相からは遠かったのでもある。
 要約というにはあまりに長くダラダラと書いてしまったが、それは王希天事件から学ぶべきことが、今だからこそたくさんあるように思えてしまったからだ。まず第一に、近年日本では、(ボーガス注:南京事件、沖縄の集団自決・軍強制など)日本人の手によって行われた過去の蛮行の忘却への欲求が高まっているというのがある。そして、王希天殺害前後の状況を見ると、現在に生きるわれわれとこれは無縁の出来事なのであろうかという問いを避けることはできなくなる。
 人手不足の折には安価に使い倒せる労働力として外国人労働者に頼りながら、景気が後退するとあの手この手で追い出そうとするばかりか、それを正当化するために差別感情を煽るというのは、現在でも世界の多くで見られることであり、無論日本も例外ではない。
 自らの命令が守られず王が殺害されたことを知って泡を食った遠藤は、これが国際問題に発展することを正しく見抜き、激怒した。しかしその遠藤も、隠蔽の方針が決まるとこれに抗することなく、渋々どころか「自負心」を持って積極的に加担した。これもやはり出世欲のなせる業であろうし、垣内も遠藤もその後順調に出世していった。
 『複合戦争と総力戦の断層:日本にとっての第一次世界大戦*66』(山室信一*67著)を読むと、違法行為や上官の命令を無視してでも既成事実を作り上げればあとはどうにでもなるし、それはむしろ後に評価されるはずだという日本軍の体質は(ボーガス注:張作霖爆殺事件や満州事件(柳条湖事件)以降どころか)すでに第一次大戦時に見られたという。張作霖殺害事件、柳条湖事件などはまさにこの軍内部の「下剋上」の空気なくしては起こりえなかったし、日本はこれにより泥沼の日中戦争に進んでいく。
 (ボーガス注:王虐殺という)中岡の取った行動はまさにこの軍の体質を表すものであった。陸大卒のエリートである中岡にはこれが軍の命令違反であり、法的にも問題になるということくらい重々わかっていただろう。それでも(ボーガス注:満州事変を実行した石原莞爾らが『既成事実を創ればどうにでもなる』と考えたように中国人留学生で『54運動などに参加する抗日活動家』の)「大物」である王を殺せば、後に評価されると考えたのだろう。
 日本軍には、一方で出世欲から適法であるか否かよりも上の決定に従うことが重視され、他方でこれと矛盾するようだが、やはり出世欲とセクト主義から違法であろうが国際問題を引き起こそうが結果としてうまくいくのなら上官の命令に背いても構わないという体質にも染まっていた。東条英機は軍人というより官僚的人間であったと評されるが、官僚全般にもこのような空気は存在していたのだろう。そして(ボーガス注:モリカケ事件、桜を見る会事件、山口敬之レイプもみ消し疑惑などの不祥事が多発した)現在も日本の官僚がこのような体質と無縁であるとは思えないし、官僚のみならず日本社会全体が同様であるとしていいだろう。
 100年近く前にこの蛮行を引き起こした日本社会は果たしてその後変わったのだろうか、改めてそう問いかけざるをえないのが、日本社会の現状なのである。

「関東大震災中国人虐殺を忘れるな」華僑指導者が呼びかけ--人民網日本語版--人民日報2013年7月11日
・在日華僑の活動家として有名な旅日華僑中日交流促進会の林伯耀会長は8日、「関東大震災時の中国人虐殺を忘れるな」と華僑同胞に呼びかけた。
・仁木富美子氏*68今井清一氏など日本人研究者の調査によって得られた少数の生存者による証言によると、当時、日本軍、警察、扇動された一部市民が、暗くなった後、都内江東区大島町にある中国人居住区に押し寄せ、無抵抗な中国人を次々と殺害したという。江東区だけでも名前が判明している中国人犠牲者は600人を上回った。江東区以外でも同様の事件が起こったが、犠牲となった中国人の総数をまとめた統計資料はない。
 犠牲者には、学生運動のリーダーとして有名な王希天氏も含まれていた。王氏は、周恩来元総理と同時期に日本に留学、2人は親友同士だった。王氏は1918年、「全国学生救国団」運動の代表となった。この団体は、あの「五・四運動」を率いる団体となった。「関東大震災中国人虐殺」の情報が国内に伝わると、大きな抗議の動きがわき起こった。1924年3月4日に北京で催された追悼大会には、3万人以上の人々が参加した。
 林会長は「今もなお、日本政府は虐殺という真相に蓋をしている。歴史教科書にも、この悲惨な史実は掲載されていない」と訴えた。
 関東大震災発生時に中国人と同じく虐殺の被害に遭った韓国人は「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼碑」を東京に建立したが、中国人犠牲者を追悼する慰霊碑は、今もなお建立されていない。

「関東大震災と中国人虐殺事件」 公文書管理のずさんさ変わらず|好書好日朝日新聞2020年4月4日掲載
 関東大震災が起きた1923(大正12)年9月1日。その翌日に戒厳令が布告された。数千人といわれる朝鮮人や、社会主義者労働運動家らが、軍隊、警察、自警団などに殺された。そして、あまり知られていないが、数百人の中国人も東京府南葛飾郡大島(おおじま)町(現・江東区)で殺されている。
 (ボーガス注:2020年)3月9日に96歳で亡くなった今井清一氏の『関東大震災と中国人虐殺事件』はこの問題にしぼり、様々な史料や先行研究を踏まえ、多角的に考えた。日本の植民地支配下にあった朝鮮人と違い、中国人殺害は外交問題になるため、「政府中枢が中国政府や日本国内の諸勢力の動きにも配慮しながら」「徹底的に隠蔽(いんぺい)」したという。
 『昭和史』(共著)などで知られる歴史学者は、自らの編著『日本の百年 震災にゆらぐ』で取り組んだテーマを、60年近く追い続けた。6章のうち、2章を新たに書き下ろした本書の「あとがき」には、こう書いている。
 「(ボーガス注:森友問題で発覚した)公文書管理のずさんさは、九十余年前の関東大震災の当時から変わりがありません」

*1:東京都立大学教授。著書『近現代日本の地域政治構造:大正デモクラシーの崩壊と普選体制の確立』(2001年、日本経済評論社)、『東京市政』(2007年、日本経済評論社)、『近衛新体制の思想と政治』(2009年、有志舎)、『総力戦のなかの日本政治』(2017年、吉川弘文館)、『首都改造:東京の再開発と都市政治』(2020年、吉川弘文館

*2:佛教大学名誉教授。著書『日本近代都市史研究』(1997年、思文閣出版)、『国民軍の神話』(2001年、吉川弘文館)、『帝国議会誕生』(2006年、文英堂)、『日清・日露戦争』(2007年、岩波新書)、『日清戦争』(2008年、吉川弘文館)、『「坂の上の雲」と日本近現代史』(2011年、新日本出版社)、『兵士はどこへ行った:軍用墓地と国民国家』(2013年、有志舎)、『「戦争」の終わらせ方』(2015年、新日本出版社)、『日清戦争論』(2020年、本の泉社)

*3:参議、大蔵卿、内務卿など歴任。紀尾井坂の変で不平士族に暗殺される。

*4:参議、陸軍大将、近衛都督を歴任。征韓論論争で下野し西南戦争で自決。

*5:ということには一応なっているのですが、司馬小説と大河には1)司馬小説は征韓論論争から話が始まるが、大河はそれ以前も描いている、2)司馬小説では大久保の側近・川路利良がサブの主人公として描かれ、川路の病死で話が終わるが、大河では「大久保の暗殺」で話が終わる(大久保暗殺時点では川路は存命)という大きな違いがあります。

*6:1903~1976年。1966年10月に、文革に批判的な日本共産党執行部を非難する中国派として安斎庫治らとともに日本共産党を除名され、福田正義らが率いる「文革支持」の立場に立つ日本共産党(左派)に参加。晩年は正岡子規の研究にも励み、子規の妹・律の養子であった正岡忠三郎とは二高時代からの親友であった。こうしたことから講談社版の『子規全集』の編集委員にも名を連ねている。司馬遼太郎とも交友があり、1979年から1980年にかけて連載された司馬の小説『ひとびとの跫音』では正岡忠三郎と西沢が主人公として登場する。(西沢隆二 - Wikipedia参照)

*7:1935~2015年。一橋大学名誉教授。著書『象徴天皇制への道:米国大使グルーとその周辺』(1989年、岩波新書)、『昭和恐慌』(1989年、岩波ブックレット)、『戦後史と象徴天皇』(1992年、岩波書店)、『歴史のこわさと面白さ』(1992年、ちくまプリマーブックス)、『現代史を学ぶ:戦後改革と現代日本』(1997年、吉川弘文館)、『労働者と農民』(1998年、小学館ライブラリー)、『戦後史』(2005年、岩波新書)など

*8:1929年生まれ。奈良女子大学名誉教授。著書『歴史の偽造をただす:戦史から消された日本軍の「朝鮮王宮占領」』(1997年、高文研)、『これだけは知っておきたい日本と韓国・朝鮮の歴史』(2002年、高文研)、『現代日本歴史認識』(2007年、高文研)、『東学農民戦争と日本』(共著、2013年、高文研)、『日本の朝鮮侵略史研究の先駆者 歴史家山辺健太郎と現代』(2015年、高文研)、『日本人の明治観をただす』(2019年、高文研)

*9:1920~1997年。著書『わがアリランの歌』(1977年、中公新書)、『日本古代史と朝鮮』(1985年、講談社学術文庫)、『古代朝鮮と日本文化』(1986年、講談社学術文庫)、『日本の中の朝鮮文化:山城・摂津・和泉・河内』(2001年、講談社学術文庫)、『日本の中の朝鮮文化:筑前筑後豊前・豊後』(2002年、講談社学術文庫)など

*10:1927~2016年。京都大学名誉教授。著書『帰化人』(1965年、中公新書)、『倭国の世界』(1976年、講談社現代新書)、『日本武尊』(1985年、吉川弘文館人物叢書)、『藤原不比等』(1986年、朝日選書)、『日本の神話を考える』(1994年、小学館ライブラリー)、『古代日本の女帝』(1996年、講談社学術文庫)、『講学・アジアのなかの日本古代史』(1999年、朝日選書)、『歴史のなかの「在日」』(2005年、藤原書店)、『古代日本のこころとかたち』(2006年、角川叢書)、『雨森芳洲』(2011年、ミネルヴァ日本評伝選)、『私の日本古代史(上)(下)』(2012年、新潮選書)、『渡来の古代史:国のかたちをつくったのは誰か』(2013年、角川選書)、『大和路の旅』(2014年、角川選書)、『日本古代史をいかに学ぶか』(2014年、新潮選書)、『古代の日本と東アジアの新研究』(2015年、藤原書店)、『古代史研究七十年の背景』(2016年、藤原書店)など

*11:都留文科大学教授。著書『近代日本と戦争違法化体制:第一次世界大戦から日中戦争へ』(2002年、吉川弘文館)、『満州事変から日中全面戦争へ』(2007年、吉川弘文館)、『戦争はどう記憶されるのか:日中両国の共鳴と相剋』(2014年、柏書房

*12:著書『アジアの中の日本軍』(1994年、大月書店)、『日中全面戦争と海軍:パナイ号事件の真相』(1997年、青木書店)、『日本軍の治安戦』(2010年、岩波書店)、『第一次世界大戦期の中国民族運動』(2014年、汲古書院)、『海軍の日中戦争』(2015年、平凡社)、『日中戦争全史(上)(下)』(2017年、高文研)、『憲法九条と幣原喜重郎日本国憲法の原点の解明』(2020年、大月書店)など

*13:1906~2000年。早稲田大学名誉教授。南京事件研究の草分けとして知られる。著書『幕末維新期の外圧と抵抗』(1977年、校倉書房)、『天皇不親政の起源』(1979年、校倉書房)、『天皇不親政の伝統』(1984年、新樹社)、『間宮林蔵』(1986年、吉川弘文館人物叢書)、『鉄砲:伝来とその影響』(1993年、思文閣出版)、『幕末維新の異文化交流』(1995年、有隣堂)など

*14:一橋大学名誉教授、東京大空襲・戦災資料センター館長。著書『昭和天皇終戦史』(1992年、岩波新書)、『現代歴史学と戦争責任』(1997年、青木書店)、『日本の軍隊:兵士たちの近代史』(2002年、岩波新書)、『日本人の戦争観:戦後史のなかの変容』(2005年、岩波現代文庫)、『アジア・太平洋戦争』(2007年、岩波新書)、『現代歴史学軍事史研究』(2012年、校倉書房)、『日本軍兵士:アジア・太平洋戦争の現実』(2017年、中公新書)、『兵士たちの戦後史:戦後日本社会を支えた人びと』(2020年、岩波現代文庫)など

*15:1922~2003年。一橋大学名誉教授。著書『昭和天皇十五年戦争』(2003年、青木書店)、『天皇の軍隊と日中戦争』(2006年、大月書店)、『餓死した英霊たち』(2018年、ちくま学芸文庫)、『中国戦線従軍記:歴史家の体験した戦場』(2019年、岩波現代文庫)など

*16:千葉大学名誉教授。著書『慰安婦と戦場の性』(1999年、新潮選書)、『歪められる日本現代史』(2006年、PHP研究所)、『統帥権と帝国陸海軍の時代』(2006年、平凡社新書)、『現代史の虚実:沖縄大江裁判・靖国慰安婦・南京・フェミニズム』(2008年、文藝春秋)、『靖国神社の祭神たち』(2010年、新潮選書)、『陰謀史観』(2012年、新潮新書)、『旧日本陸海軍の生態学』(2014年、中公選書)、『昭和史の軍人たち』(2015年、文春学藝ライブラリー)、『慰安婦問題の決算』(2016年、PHP研究所)、『病気の日本近代史:幕末からコロナ禍まで』(2021年、小学館新書)など。

*17:慰安婦問題では河野談話否定説(慰安婦違法性否定説)に立ち、「その功績」で2014年に産経・正論大賞を受賞し、また南京事件でもその推定犠牲者数が「10万人以上の虐殺があった」と見なす笠原氏などから「過小である」と批判される秦ですら「数万人単位の虐殺があったこと」は認めています。

*18:著書『桶川ストーカー殺人事件:遺言』(2004年、新潮文庫)、『騙されてたまるか:調査報道の裏側』(2015年、新潮新書)、『殺人犯はそこにいる:隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』(2016年、新潮文庫)など

*19:東京大学准教授。著書『朝鮮植民地支配と言語』(2010年、明石書店

*20:著書『大韓民国の物語』(2009年、文藝春秋

*21:産経新聞外信部次長、ソウル特派員などを経て産経新聞編集委員國學院大学客員教授

*22:ニューライトについては以前新刊紹介:朱宗恒「植民地近代化論批判」(光陽出版社)(追記・訂正あり) - bogus-simotukareのブログでも触れました。

*23:戦前、満州国総務庁次長、商工次官、東条内閣商工相を歴任。戦後、日本民主党幹事長、自民党幹事長(鳩山総裁時代)、石橋内閣外相などを経て首相

*24:盧武鉉政権大統領秘書室長、「共に民主党」代表などを経て大統領

*25:世界ウイグル会議総裁

*26:まあ俺もペマやラビアに対して「日本ウヨと平気で野合できるとか、あいつら本当にバカだな」「ウヨに言われるまま、尖閣募金、靖国参拝とか鼻で笑う」と小バカにしたような書き方(正直、俺はペマやラビアをバカだと思っていますが)ではあったのですが、以前、ペマ等を「日本ウヨの飼い犬、走狗」「腐れカス」「人間性を疑う」などと悪口したらこれにマジギレして「ボーガスはふざけるな!」「中国を擁護するのか!」と絡んできたのがMukkeという「アンチ中国&チベットキチガイ」のバカ野郎です。

*27:岸内閣郵政相、池田内閣蔵相、佐藤内閣通産相自民党政調会長(池田総裁時代)、幹事長(佐藤総裁時代)などを経て首相

*28:佐藤内閣官房長官経済企画庁長官、田中内閣外相など歴任

*29:運輸次官から政界入り。吉田内閣郵政相、建設相、自民党総務会長(岸総裁時代)、岸内閣蔵相、池田内閣通産相科学技術庁長官などを経て首相

*30:戦前、岸商工相(東条内閣)の下で商工次官。戦後、岸の誘いで政界入り。岸内閣官房長官、池田内閣通産相、外相、佐藤内閣外相、通産相自民党政調会長(池田総裁時代)、総務会長(佐藤総裁時代)、副総裁(田中、三木総裁時代)など歴任

*31:学習院女子大学教授。著書『戦後ドイツのユダヤ人』(2005年、白水社)、『ユダヤ人財産はだれのものか:ホロコーストからパレスチナ問題へ』(2008年、白水社)、『〈和解〉のリアルポリティクス:ドイツ人とユダヤ人』(2017年、みすず書房

*32:ユダヤ陰謀論には確かに与しては無いでしょうが、「コミンテルン陰謀論」に与する新聞社がよくもいったもんです。

*33:1932~1999年。著書『漱石アーサー王伝説』(1991年、講談社学術文庫)、『昭和の文人』(2000年、新潮文庫)、『小林秀雄』(2002年、講談社文芸文庫)、『アメリカと私』(2007年、講談社文芸文庫)、『近代以前』(2013年、文春学藝ライブラリー)、『一九四六年憲法・その拘束』(2015年、文春学藝ライブラリー)、『完本 南洲残影』(2016年、文春学藝ライブラリー)、『新編・天皇とその時代』(2019年、文春学藝ライブラリー)など

*34:名古屋大学特任講師。著書『ウォー・ギルト・プログラム:GHQ情報教育政策の実像』(2018年、法政大学出版局)。もちろん賀茂本はまともな本でしょうが。賀茂氏歴史評論論文において、「そうしたプログラムがGHQに存在し、日本の悪行が暴露されたこと」は事実としながらも1)「江藤らウヨが放言するような、日本の犯罪行為について故意の捏造」などなかったし、2)いわゆる逆コース以降はむしろWGIPは下火になり、3)その結果、「日本人の戦争認識へのWGIPの影響」は少なくとも江藤等が放言するほどの強い物ではないとしています。

*35:ただし賀茂氏は『ウォー・ギルト・プログラム』と呼んでいる。

*36:WGIPで行われたことは『満州事変は日本の謀略で戦前日本政府の「中国の犯行」宣伝はデマ』『大本営の戦果発表は虚偽だらけ』『日本は南京事件バターン死の行進などの戦争犯罪(捕虜虐待、虐殺など)を多数行った』などの「日本の悪行暴露」ですので当然ながら「日本の歴史や文化・伝統を破壊」なんてことにはなりません(産経が「日本の歴史や文化・伝統=戦前日本軍のような悪行三昧」と言うなら話も別ですが)。全くデマも甚だしい。

*37:国家基本問題研究所理事長。著書『ニッポンの懸案:韓・中との衝突にどう対処するか』(2014年、小学館新書)、『地政学で考える日本の未来:中国の覇権戦略に立ち向かう』(2017年、PHP文庫)など

*38:著書『「反日」包囲網の正体』(2011年、PHP研究所)など

*39:著書『歴史問題の正解』(2016年、新潮新書)、『こうして歴史問題は捏造される』(2017年、新潮新書)、『NHK解体新書:朝日より酷いメディアとの「我が闘争」』(2019年、ワック文庫)など

*40:1)東条内閣蔵相として終身刑判決を受けたが、後に、仮釈放され、公職追放も解除され、政界に復帰、自民党政調会長(池田総裁時代)、池田内閣法相などを務めた賀屋興宣、2)東条内閣外相として禁固7年の判決を受け、出所後、公職追放解除で政界に復帰、鳩山一郎内閣外相を務めた重光葵、3)東条内閣商工相で戦犯容疑者だった岸信介自民党幹事長(鳩山総裁時代)、石橋内閣外相などを経て首相)などのこと

*41:貴族院議長、首相を歴任。戦後、戦犯指定を苦にして自殺。

*42:関東憲兵隊司令官、関東軍参謀長、陸軍次官、陸軍航空総監、第二次、第三次近衛内閣陸軍大臣、首相など歴任。戦後、死刑判決。後に靖国に合祀。

*43:大蔵次官から政界入り。吉田内閣蔵相、通産相、石橋内閣蔵相、岸内閣蔵相、通産相などを経て首相

*44:もちろんそうした「戦犯英雄視」をやってるのが「靖国A級戦犯合祀」であり、だからこそ、中曽根、小泉、安倍の「首相時代の参拝」は国際的非難を浴びました。

*45:1932年生まれ。法政大学名誉教授。著書『私たちは敵だったのか:在米ヒバクシャの黙示録』(1980年、角川文庫→1995年、岩波同時代ライブラリー)、『夢二のアメリカ』(1994年、集英社文庫)、『マッカーサーの二千日』(2004年、中公文庫)、『アーサー・シイク 義憤のユダヤ絵師』(2007年、社会評論社)、『夢二 異国への旅』(2012年、ミネルヴァ書房)など

*46:「植え付け」も何も「侵略戦争」は事実ですが。「アジア解放の聖戦」という江藤らウヨの主張の方がデマです。ただし賀茂氏の指摘に寄れば「真相はこうだ」などが専ら暴露したのは「侵略戦争」云々よりもむしろ1)「満州事変・中国犯行説」、「大本営の虚偽戦果発表(いわゆる大本営発表)」などに見られる日本政府の虚偽宣伝、2)「バターン死の行進(捕虜の虐待、虐殺)」などに見られる国際法違反、残虐性とのことです。

*47:ウヨの多くが「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」と呼ぶのに対し、賀茂氏は「ウォー・ギルトプログラム(あるいはウォー・ギルト)」と呼んでいる。

*48:鈴木内閣労働相、自民党政調会長(中曽根総裁時代)、中曽根内閣文相など歴任

*49:岸内閣科学技術庁長官、佐藤内閣運輸相、防衛庁長官、田中内閣通産相自民党幹事長(三木総裁時代)、総務会長(福田総裁時代)、鈴木内閣行政管理庁長官などを経て首相

*50:新自由クラブ代表、中曽根内閣科学技術庁長官、宮沢内閣官房長官自民党総裁、村山、小渕、森内閣外相、衆院議長など歴任

*51:一橋大学名誉教授。著書『紙芝居:街角のメディア』(2000年、吉川弘文館歴史文化ライブラリー)、『特務機関の謀略:諜報とインパール作戦』(1998年、吉川弘文館歴史文化ライブラリー)、『GHQの検閲・諜報・宣伝工作』(2013年、岩波現代全書)、『日本のインテリジェンス工作:陸軍中野学校731部隊、小野寺信 』(2016年、新曜社)、『検閲官:発見されたGHQ名簿』(2021年、新潮新書)など

*52:2017年刊行

*53:2001年刊行

*54:そもそも国力(経済力、軍事力)の差が違いすぎて、山本五十六も「開戦から半年間は暴れてみせるがその後は分からない(戦争が長期化すると、国力の差から日本が苦しくなる)」といったくらいで、敗因は「軍事情報管理」云々なんて話ではないですが、「軍事情報管理」も予想通り酷かったようです。

*55:1919~1999年。1947年から横浜国立大学教員。1964年から1968年までと1969年から1970年まで経済学部長を務めた。1974年に大学を退職し、1975年に神奈川県知事選に出馬し当選。1995年まで5期20年知事を務めた。当初は社共共闘、革新自治体の代表例でもあったが、次第に自民党への接近と日本共産党の排除を強めていき、相乗りオール与党の代表例となった。著書『日本経済入門』(1960年、カッパ・ブックス)、『社会主義の新時代』(1967年、講談社現代新書)、『現代資本主義の名著』(1968年、日経新書)、『社会主義:その現実と新しい道』(1975年、講談社現代新書)、『地方の時代と自治体革新』(1980年、日本評論社) など(長洲一二 - Wikipedia参照)

*56:要するに国家神道のことです。

*57:もちろん「一般的なナショナリズム」ではなく「軍国主義的、極右的な代物」でしょうが

*58:要するに共産党社民党など米国に批判的な政治党派のこと

*59:ただし「コロナはただの風邪」論を未だに放言する岡田幹治とリベラル21に呆れる - bogus-simotukareのブログに書いたように俺はリベラル21には批判的、否定的ですが

*60:著書『なぜ公立高校はダメになったのか』(2000年、亜紀書房)、『消えゆく「限界大学」:私立大学定員割れの構造』(2016年、白水社)、『地方大学再生:生き残る大学の条件』(2019年、朝日新書

*61:横浜市ふるさと歴史財団横浜市史資料室調査研究員。著書『帝国日本の再編と二つの「在日」』(共著、2010年、明石書店

*62:福田内閣環境庁長官、竹下内閣運輸相、都知事、維新の会共同代表、次世代の党最高顧問など歴任

*63:1924~2020年。横浜市立大学名誉教授。著書『大空襲5月29日:第二次大戦と横浜(新版)』(1995年、有隣堂)、『横浜の関東大震災』(2007年、有隣堂)、『濱口雄幸伝』(2013年、朔北社)など(今井清一 - Wikipedia参照)

*64:2020年、朔北社

*65:フェリス女学院大学教授。著書『横浜市政史の研究』(2004年、有隣堂)、『伊沢多喜男』(2019年、朔北社)など

*66:2011年、人文書院

*67:京都大学名誉教授。著書『近代日本の知と政治』(1985年、木鐸社)、『法制官僚の時代』(1999年、木鐸社)、『思想課題としてのアジア』(2001年、岩波書店)、『ユーラシアの岸辺から』(2003年、岩波書店)、『キメラ(増補版):満洲国の肖像』(2004年、中公新書)、『日露戦争の世紀』(2005年、岩波新書)、『憲法9条の思想水脈』(2007年、朝日選書)、『モダン語の世界へ:流行語で探る近現代』(2021年、岩波新書)など

*68:著書『関東大震災 中国人大虐殺』(1991年、岩波ブックレット)、『震災下の中国人虐殺:中国人労働者と王希天はなぜ殺されたか』(1993年、青木書店)、『史料集 関東大震災下の中国人虐殺事件』(編著、2008年、明石書店)など